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2026.7
BALB/cは世界で最も広く使われている白色毛の近交系マウスの1つです。名前を知ってはいるものの、その具体的な使用用途や、他近交系マウスとの使い分けまでご存じの方は、意外と少ないかもしれません。ここではBALB/cマウスの「使いどころ」をご紹介し、さらにその亜系統ごとの魅力に迫ります。
1913年Dr. Baggにより見出されたアルビノマウスの系統(Bagg’s Albino)が、Dr. Snellにより近交系マウスとして確立され、その後「BALB/c」として1932年ジャクソン研究所に導入されました。なお、BALBという名称は「Bagg」の「albino」の組み合わせたものであり、小文字の「c」はColor遺伝子が潜性であることを示しています。その後Dr. AndervontとDr. Scottに分与された系統がそれぞれBALB/cAn、BALB/cScへと派生し、世界各地へと広まっていきました。これらの系統が各国の研究機関やベンダーで独立して維持される中でさまざまな亜系統が誕生してきましたが、当社で提供している BALB/cJ (JAXストック番号#000651)はBALB/cSc、 BALB/cByJ (JAXストック番号#001026)はBALB/cAnにそれぞれ由来しています。それでは、BALB/cはどのような時に使われる系統なのでしょうか?
【BALB/c亜系統の系統樹】
※ 本系統樹は Potter, Curr Top Microbiol Immunol. 1985 ; Roderick and Leiter, Curr Top Microbial Immunol. 1985 に加えて、各種系統データシートを参照し作製しました
- 1.Th2型免疫応答に着目した各種研究への使用
CD4陽性のヘルパーT細胞にはTh1、Th2、Th17、制御性T細胞(Treg)などの特異的なサブセットがあります。この中でもTh1型免疫応答は細胞性免疫を主導するのに対し、Th2型免疫応答は液性免疫を主導します。BALB/cマウスはTh2型免疫応答が優位であることに対し、代表的な黒毛の近交系マウスであるC57BL/6はTh1型免疫応答が優位な系統として知られています。そのため、BALB/cは気管支喘息、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎をはじめとするさまざまなアレルギー疾患モデル研究や、感染防御におけるヘルパーTサブセットのバランスの解析、寄生虫感染・呼吸器感染・ワクチン評価などの研究に広く使われてきました。Th1はMHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラス1およびクラス2分子に提示される抗原を認識して、インターフェロンガンマ(IFN-γ) を産生してマクロファージやCD8陽性T細胞(キラーT細胞)を活性化し、ウイルスや細菌の排除に働きます。Th2は寄生虫などの大きな病原体を認識し、インターロイキン-4, 5, 13(IL-4, IL-5, IL-13) などを産生してB細胞や好酸球を活性化し、抗体応答を活性化します。古くから、Th1/Th2のバランスにより免疫応答が説明されてきましたが、現在では、他のサブセットであるTh17やTreg、Tfhと互いに調整しあっていることがわかっています。なお、BALB/cはMCMV(マウスサイトメガロウイルス)の認識に関与するNK細胞受容体Ly49Hを有していないため、MCMVに対する自然抵抗性が低く感染が成立しやすいという特徴が知られています( Qin et al., Front Immunol. 2024 )。
- 2.モノクローナル抗体作製のツールとして
Th2優位な免疫応答により、BALB/cは抗原免疫後に強い液性免疫応答を示します。これにより脾臓から抗原特異的な抗体産生B細胞を効率よく取得できるため、BALB/cはモノクローナル抗体作製のツールとしても、世界中で広く利用されてきました。モノクローナル抗体作製の際は抗体産生B細胞とミエローマ細胞を融合させてハイブリドーマを作製する必要があります。この際用いられるミエローマ細胞株の多くがBALB/c由来であることから、同系統由来の細胞同士を融合することで、安定したハイブリドーマを樹立しやすいという利点があることも、BALB/cを使用するメリットです( Köhler and Milstein, Nature, 1975 )。このようにして作製したハイブリドーマをBALB/cマウスの腹腔内へ移植・増殖させることで、腹水中に出てくるモノクローナル抗体を大量に回収することができます( Brodeur and Larose, J Immunol Methods. 1984 )。また、近年ではハイブリドーマを培養系で増殖させ、培養上清からモノクローナル抗体を回収する方法も広く利用されています( Holzlöhner and Hanack et al., J Vis Exp. 2017 )。この抗体産生能力の高さを利用して、抗体応答やクラススイッチ、B細胞分化などのB細胞に関連した免疫学関連研究にも、BALB/cは広く使われてきました。
- 3.腫瘍研究への使用と免疫不全背景系統としての応用
BALB/cはNK(ナチュラルキラー)細胞の活性が比較的弱く、腫瘍が定着・増殖しやすいという形質を持ちます( Qin et al., Front Immunol. 2024 )。そのため、マウス由来腫瘍細胞をマウスへ同種移植するシンジェニックモデル作製時のレシピエントとして、広く使われています。特に、BALB/cマウス由来の細胞株を移植される際は、同一背景系統であるBALB/cマウスをレシピエントとして使用することが推奨されます。また、このような特性から、Foxn1nu変異を持つNudeマウスや、PrkdcScid(重症複合免疫不全症)変異を持つScidマウスの背景系統としても、広く用いられています。BALB/cを背景系統とする系統として、当社からは CAnN.Cg-Foxn1nu/CrlCrlj をヌードマウスとして、 CB17/Icr-Prkdcscid/CrlCrlj をScidマウスとして、それぞれ提供しています。
各亜系統に関する表現型データの一部は Mouse Phenome Database に収録されており、関心のある項目ごとに検索・閲覧することができます。
BALB/cJ:
https://phenome.jax.org/strains/5
BALB/cByJ:
https://phenome.jax.org/strains/50
異なる亜系統間には遺伝的な違い・表現型の違いがみられますので、過去の既報を参照する際は使用された亜系統名まで確認し、異なる亜系統を実験時混同しないようご注意ください。亜系統についての詳細は、 コラム「マウスの亜系統~同じに見える?でも、一緒にしないで!~」 をご参照ください。
- 1.伝統的なBALB/c系統としてのBALB/cJ
BALB/cScをもとに1941年確立された代表的なBALB/cマウスの亜系統です。長年にわたり米国ジャクソン研究所から供給されてきたことから、伝統的なBALB/c系統として世界中で広く使われてきました。また、BALB/cマウスの中で唯一全ゲノム情報がリファレンスゲノムとして公開されている系統でもあります( Mouse Genome Projectを参照 )。一方で、BALB/cByJと比べて高い攻撃性が報告されているほか( Veleze et al., Behav Genet. 2010 ; Heukelum et al., Brain Struct Funct. 2019 )、若齢期には飛び跳ねることがあるため、ハンドリング時は注意が必要です。
- 2.胚操作に適したBALB/cマウスとしてのBALB/cByJ
さまざまな遺伝子改変系統の背景系統として使われてきたBALB/cマウスですが、その排卵成績は亜系統ごとに異なります。過去当社が行った10週齢のBALB/cJおよびBALB/cByJを用いた比較検討試験では、PMSG-hCG法(ともに7.5 IU/匹)による排卵成績はBALB/cByJで特に優れていることが示されました。一方、PMSG (7.5 IU/匹)の代わりに九動株式会社のHyperOva (0.2 mL/匹)を使用することで、BALB/cJマウスの排卵成績もBALB/cByJと同程度までレスキュー可能なことが示されております。詳細データについては、以下ポスターをご参照ください。なお、BALB/cマウスの体外受精においては、培精培地としてmHTFを使用することを推奨いたします( Kito and Ohta, Zygote, 2005 )。
ポスター|胚操作に適したBALB/c亜系統としてのBALB/cByJ: https://www.jax.or.jp/poster-presentation
BALB/cByJは米国ジャクソン研究所の提供する厳格な遺伝的品質管理プログラムGSP(Genetic Stability Program)のもと生産供給されており、遺伝的浮動の定着による世代を超えた遺伝的品質の乖離が、最小限に抑えられている点も、この系統の魅力の1つです。
ここまでBALB/cの特徴と、当社の提供するBALB/cJおよびBALB/cByJの違いについて簡単にご紹介しました。どの亜系統をご自身の研究に使用すべきかについては、各種既報やデータベースを参照の上ご検討いただければと思います。もしご判断を迷われる場合はぜひ当社の サイエンティフィックサポート窓口 までお問い合わせください。マウスの専門知識を持つスタッフが、系統選択をサポートいたします。