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マウスの亜系統
~同じに見える?でも、一緒にしないで!~


日頃、研究に使用しているマウスの背景系統を意識したことはありますか?『毛が黒かったらなんでも一緒』『系統名がほとんど一緒だから、これもあれも一緒』本当にそうでしょうか。同じに見える2系統間でも目に見えない違いが潜んでいるのです。その違いを知らずに実験をしてしまったら、サイエンスにとって大切な再現性が揺らぐことになりかねません。同じに見えるけれども実は違ったり、違って見えるけれども実はかなり近かったり、それらは同じ近交系に由来する亜系統かもしれません。マウスの系統にはどんな種類があるのか、なぜ違いが生まれるのかをわかりやすくご紹介します。

マウスの系統の種類

マウスの系統を大きく2つに分類するとしたら、Inbred(近交系)とOutbred(非近交系)です。近交系は、同じ両親から生まれた同世代の兄妹の中から、ランダムに交配ペアを選択する兄妹交配を継続して20世代以上兄妹交配(または同等の交配)により維持されることで確立した系統で、元をたどると一組の交配ペアにたどり着きます。兄妹交配を20世代続けることで、アレルの98.7%がホモ化されます。つまり、遺伝的に均一性の高い集団で、個体差が少ないため研究に広く用いられています。この世に存在する近交系マウス系統は、なんと450系統以上もあります。系統によっては、さらにそこから複数の亜系統が派生し、大きな系統樹になっています。一方で非近交系は、その真逆のコンセプトで維持されている系統です。兄妹交配を避け、ランダムに交配し、集団内での遺伝的多様性を保つように維持します。近交系、非近交系それぞれの特徴を把握し、研究目的に適した系統を選択することが大切です。

 

亜系統とは

多くの近交系には、複数の亜系統が存在します。では、どのように亜系統が派生するのでしょうか。亜系統に分類される系統は、近交系から分岐し、以下3つのどれかに該当します。

  1. 近交系の元の交配ペアから数えて20世代以上40世代未満のときに、分岐した場合
  2. 親コロニーから分岐して20世代以上離れた場合
  3. 遺伝解析により、親コロニーと遺伝的差異が発見された場合

C57BL/6を例に詳しく見てみます。1921年にC.C. Littleにより見出されたC57BL/6は、B6やblack 6と略されることが多く、世界で最も広く用いられている近交系です。実際には、C57BL/6には数多くの亜系統が存在し(図1)、それら全てを同等とみなすことは科学的に正しくありません。1948年よりジャクソン研究所にて維持されている系統が、C57BL/6Jです。そこからNIHへ分与され1951年に分岐した系統が、C57BL/6Nです。図2の系統樹にあるように、それぞれが様々な研究機関やブリーダーへと分与されることで、さまざまな亜系統が派生してきました。ジャクソン研究所で現在維持している C57BL/6J とC57BL/6Nから派生しジャクソン研究所にて維持されている C57BL/6NJ を比べてみると、見た目はそっくりで見分けがつきませんが、表現型や遺伝子レベルで比べるといくつも違いがあります。例えば、C57BL/6NJはCrb1rd8変異を持っており、これにより進行性の網膜変性が見られます。一方で、C57BL/6JはNntC57BL/6J変異を持っており、代謝異常や肥満になりやすい特性があります。では、なぜ違いが生まれるのでしょうか。亜系統化の原動力となっているのが、遺伝的浮動です。

図1 C57BL/6の系統樹 [ポスターダウンロード]

 

遺伝的浮動

兄妹交配を続けたとしても、遺伝的な「進化」は進みます。遺伝的浮動とは、中立的な変異が集団内でランダムに消失したり固定されたりすることです。遺伝的浮動の原因は、減数分裂やDNA修復ミスなどにより生じる、一塩基多型、挿入や欠損、自然変異、コピー数多型などです。ジャクソン研究所にて実施されたC57BL/6Jの全ゲノムシークエンス解析では、69世代(19年間)離れた2点でのサンプルを比較し、7個のSNPがコーディング領域で検出されました。これにより、およそ10世代に1回コーディング領域に変異が固定すると考えられます。これは、10世代目に変異が固定するのではなく、それまでにいつ起こってもおかしくない現象です。もし、2つのラボ (ラボAとラボB)が同時期に同じ系統を購入し、各々10世代維持した場合、ラボAから見てラボBのマウスは、どうなるのでしょうか。実は、世代は合算して考えるので、10+10=20となり、20世代離れていることになります。つまり、ラボAから見てラボBのマウスは、亜系統となるわけです。マウスが足りないから、隣のラボからちょっと分けてもらったとしたら、それはあなたの系統から見て亜系統かもしれないのです。

 

亜系統化を防ぐために

繁殖し続ける限り、遺伝的浮動を完全に阻止することはできません。しかし、遺伝的浮動による変異が固定しないように予防することはできます。第一に大切なことは、記録を取ることによる世代数の把握です。そして、10世代に1回はコロニーをリフレッシュすることで、亜系統化を防ぐことができます。リフレッシュの方法は、以下の3つです。

  1. 背景系統への戻し交配
  2. 凍結ストックからの個体復元
  3. 信頼できるベンダーからの系統再導入

最も伝統的な方法は戻し交配ですが、1年近くかかるため早めの計画がおすすめです。この際、必ず背景系統と同一の亜系統を用いてください。冷凍庫の中では、遺伝的浮動は起こりません。その凍結試料を用いて個体復元することで凍結時の世代数に戻ることができます。新しく系統を導入するときは、世代数が進む前にぜひ凍結胚もしくは凍結精子にて系統を保存してください。ご自身の施設での凍結試料作製が難しい場合、 当社サービス をご利用ください。系統の特性やその他の理由から1と2の方法を使えない場合は、ベンダーから再導入(再購入)することになります。新しく系統を導入する際は、将来を見据えた計画を立てるように心がけてください。

 

亜系統の名前

いくつもある亜系統を区別するために、実は名前にも違いがあるのです。しかし、近交系の系統名は略して呼びがちで、使っている系統のフルネームを正しく書けないこともあるのが現状です。例えば、C57BL/6Jを「B6」、BALB/cByJを「BALB」と呼んだりしていませんか?その略称をそのまま論文に書いてしまったら、読者はC57BL/6JなのかC57BL/6NJなのか、はたまた他の系統か…、と迷ってしまいます。そうならないためにも、亜系統の名前の成り立ちから理解を深めましょう。亜系統の名前は、近交系の系統名の後ろに、亜系統化の歴史が刻まれています。図2のC57BL/10ScSnJ系統を例に見てみましょう。C57BL/10系統がJ.P. Scottに分与され亜系統化し、Scottのラボコードである”Sc”が追加されてC57BL/10Scとなりました。それがさらにGeorge Snellに分与され亜系統化し、Snellのラボコード”Sn”が追加されてC57BL/10ScSnになりました。そして現在、ジャクソン研究所へと導入され維持しており、ジャクソン研究所のラボコード”J”が追加されてC57BL/10ScSnJとなっているのです。もし、この系統を購入して20世代以上兄妹交配を続けたとしたら、あなたの研究室または機関のラボコードを後ろに追加することになるのです。今現在どこで維持されているのかという情報は一番最後に出てきますので、論文発表の際はぜひフルネームで最後までもれなく記載してください。

図2 亜系統の例

 

参考

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