季節性インフルエンザに対する「万能」療法となるか? 抗体カクテルが狙うウイルスの弱点
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カテゴリー:感染症
インフルエンザウイルスを標的とする非中和抗体のイメージ
画期的な免疫戦略により、試験対象となったすべてのインフルエンザ株に対して防御効果が確認され、ウイルスの免疫逃避を防ぐことができた。
【コネチカット州ファーミントン 2025年9月10日】ジャクソン研究所(JAX)で開発された画期的な治療法は、最も致死率の高い感染症の一つであるインフルエンザとの闘い方を変える可能性があります。 Science Advances誌 に掲載された最新の研究によると、研究チームは抗体カクテルが、免疫力の低下した個体を含むマウスを、検討したほぼすべてのインフルエンザ株から保護する効果を示したと報告しています。これにはパンデミックの脅威となる鳥インフルエンザや豚インフルエンザの変異株も含まれています。
現在FDAに承認されているインフルエンザ治療薬は、ウイルスの酵素を標的としていますが、ウイルスが変異すると効果が急速に低下する可能性があります。一方で、今回の治療法は、動物実験において1ヶ月間繰り返しウイルスに曝露しても、免疫逃避を許しませんでした。この違いは、将来のインフルエンザ流行時に極めて重要になる可能性があります。というのも、流行時には、医師がいかに迅速かつ効果的に治療を行えるかが生存の鍵となることが多く、さらにワクチンの開発には通常約6ヶ月もの時間がかかるからです。
「生体内でこれほど広範かつ持続的なインフルエンザ防御効果を確認したのは初めてです。感染後数日経ってから治療を開始した場合でも、治療を受けたマウスのほとんどが生き残りました」と、JAXの免疫学者で本研究の最終著者であるDr. Silke Paust(ジルケ・パウスト)は述べています。
JAXの免疫学者Dr. Silke Paust: 英語原文記事 から動画「A ‘universal’ therapy against the seasonal flu? Antibody cocktail targets virus weak spot」をご覧いただけます。
この研究成果は、「ウイルス治療に有効な抗体は、ウイルスに直接結合して細胞への感染を防ぐ『中和抗体』でなければならない」という長年の定説に疑問を投げかけるものです。研究チームはこれに代わり、「非中和抗体」を作製しました。この抗体は感染そのものを防ぐのではなく、感染した肺の細胞に目印を付け、体内の免疫細胞を動員して感染を排除します。この新しいアプローチは、科学者が他のウイルスに対する治療法を考える上での方向性を根本的に変える可能性を秘めています。
「私たちの体が作る抗体の大部分は非中和性ですが、これまで医学の分野ではほとんど注目されてきませんでした。私たちは、それらが命を救う可能性があることを示しました。H5型やH7型鳥インフルエンザのような致死性の高い株に対しても、この治療法は感染が定着した後でも高い生存率を示しました」とDr.パウスト氏は説明しました。
研究チームは、インフルエンザAウイルスのマトリックスタンパク質2(M2e)の高度に保存された小さな領域に注目しました。この部分はウイルスのライフサイクルに不可欠であり、ヒト、鳥、豚の変異株を含むすべてのインフルエンザ株の感染細胞においてほとんど変化しません。
この治療法は、繰り返し曝露された後もウイルスに耐性を生じさせず、24日間の治療後もウイルスのM2領域に変異がないことをシークエンシングで確認しました。研究チームは3種類の抗体の有効性を個別に検証しましたが、これらを組み合わせることでウイルスが3種類の異なる抗体から逃れる可能性を低減できたため、治療の成功につながりました。
「個々の抗体を使っても、ウイルスは変異して免疫逃避することはありませんでした。しかし、インフルエンザの流行期に何百万人もの人がこの治療を受けることを考えると、複数の抗体を組み合わせた『抗体カクテル』を使う方が、ウイルスが治療から逃れる可能性をより確実に防げると確信しています」とDr.パウストは述べています。
Dr.パウストと研究チームは、インフルエンザ感染の前後いずれにおいても、抗体カクテルが低用量で効果を発揮することを発見しました。この抗体カクテルは、インフルエンザの重症度と肺のウイルス量を著しく減少させ、健康なマウスと免疫不全マウスの両方で生存率を向上させました。
M2eと呼ばれるインフルエンザウイルスの小さく変化しない部分を標的とする非中和抗体のイメージ
研究チームは、動物と人間の両方に致命的な影響を及ぼす可能性がある鳥インフルエンザH7N9を対象に試験を行いました。その結果、感染から4日目であっても、たった1回の抗体カクテルの投与によって肺内のウイルス量が減少することが確認されました。ウイルス量の減少は、生存率の向上と強く関連しており、感染後3日以内に投与されたマウスはすべて生存しました。さらに、4日目に投与されたマウスの生存率は70%、5日目では60%に達しました。
「非常に少ない量で治療効果が得られるため、コストを抑えられるだけでなく、人体に有害な副作用のリスクも低くなることから、この治療法は非常に有望です」と、とDr.パウストは述べました。
この研究結果はまだ暫定的なものではありますが、治療薬が備蓄され、季節的な流行やパンデミックに対応するために放出され、患者がそれを利用できる未来への希望を感じさせるものです。現在、インフルエンザワクチンはシーズンごとに異なるものが提供されています。これは、ウイルスが常に変異しているため、過去の株に対する免疫が効果を発揮しないからです。
「致死率の高い感染症の急増やパンデミックが発生した場合、新しいワクチンを作る時間がないこともあります。そうした状況では、すぐに使用できる治療法が必要です。このタイプの治療法は、あらゆる状況下で誰でもすぐに利用できるようになるでしょう」とDr.パウストは述べました。
研究チームは現在、臨床試験に向けた抗体の開発を進めています。その構想は、M2タンパク質を標的とするうえでの特異性は変えずに、治療薬自体に対する免疫反応を引き起こさず、ヒトにおける効果を損なわない「ヒト化」抗体を作製することです。研究チームは、この抗体カクテルが、重症インフルエンザ患者の治療薬としてだけでなく、高齢者、免疫の低下した患者、その他の高リスク群に対する単独の予防薬としても活用できる未来を思い描いています。
他の著者は、ジャクソン研究所のTeha Kim(テハ・キム)、ベイラー医科大学のLynn Bimler(リン・ビムラー) および Amber Y. Song(アンバー・Y・ソン)、ジョージア大学インフルエンザ疾患・発生研究センターおよびワクチン・免疫学センターのSydney L. Ronzulli(シドニー・L・ロンズッリ)、Scott K. Johnson(スコット・K・ジョンソン)、Cheryl A. Jones(シェリル・A・ジョーンズ)、および S. Mark Tompkins(S・マーク・トンプキンズ)です。
本研究は、アルバート・アンド・マーガレット・アルケック財団、米国国立衛生研究所(助成金番号R01AI130065)、および米国国立衛生研究所の国立一般医学科学研究所(助成金番号AI053831)の支援を受けて実施されました。
JAXメディア担当: Cara McDonough cara.mcdonough@jax.org
引用文献:Kim, T., Bilmer, L., Song, A.Y., Ronzulli, S. L., Johnson, S. K., Jones, C. A., Tompkins, S.M. Science Advances. (2025). https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adx3505
英語原文: A ‘universal’ therapy against the seasonal flu? Antibody cocktail targets virus weak spot


