ミトコンドリア病患者はなぜ感染症にかかりやすいのか?JAXの新たな研究がその答えを発見
Media Release

ジャクソン研究所の研究により、機能不全に陥ったミトコンドリアが免疫系を過剰に働かせ、重篤な感染症を引き起こすことが明らかになった。
【メイン州バーハーバー 2025年5月20日】 希少疾患であるミトコンドリア病の患者は、筋力低下から神経障害、心臓疾患に至るまで、既に多くの深刻な健康問題に直面しています。しかし、最も生命を脅かす難問の一つは依然として謎に包まれています-ミトコンドリア病患者はなぜ感染症にかかりやすいのか?
ジャクソン研究所(JAX)の科学者たちは、ついにその理由を突き止めた可能性があります。 Nature Communications 誌に掲載された彼らの新たな研究は、損傷したミトコンドリアは免疫系を常に警戒状態に置き、患者が細菌にさらされた際に危険な過剰反応を引き起こすことを示しています。この過剰な免疫反応は広範囲にわたる炎症や組織損傷を引き起こし、感染症による致死率を健康な人よりも大幅に高める可能性があります。
「私たちの研究は、ミトコンドリア病患者の一部が、なぜこれほどまで感染症に苦しめられるのか、その理由を解明する新たな手がかりとなります。さらに注目すべきは、この脆弱な患者たちを守るための新たな治療法の標的となり得る、特定の分子を見つけたことです」と、本研究の上席著者でありJAXのAssociate Professorである Dr. Phillip West (フィリップ・ウエスト)は述べています。
この研究は、「ポリメラーゼ・ガンマ病(PolG)」という稀な進行性ミトコンドリア障害に焦点を当てています。Dr.ウエストの研究チームは、ヒトの患者と同じ遺伝子変異を持つマウスを研究するという強力なアプローチを採用しました。この研究は、今年PolGの合併症で亡くなったルクセンブルクのフレデリック・デ・ナッサウ王子の遺族が設立した PolG財団 との共同研究として実施されました。
改良されたマウスモデルがもたらす大きなインパクト
ミトコンドリアは「細胞のエネルギー工場」としてよく知られていますが、Dr.ウエストは長年にわたり、免疫におけるミトコンドリアの意外な役割を明らかにしてきました。彼のこれまでの研究では、ミトコンドリアは単にエネルギーを生み出すだけでなく、免疫システムの 重要な調節因子としても機能している ことが示されています。
ミトコンドリア病患者は一般の人よりも病気に罹りやすく、ウイルスや細菌による感染症がより重篤で、時には死に至ることがあることは、臨床医の間では長年知られていました。しかし、研究者たちはこれまで、この脆弱性の根底にある分子メカニズムを解明できていませんでした。
その答えに近づくため、JAX Rare Disease Translational Center(JAX希少疾患トランスレーショナル研究センター)のProfessorである Dr. Steve Murray (スティーブ・マレー)を含むDr.ウエストの研究チームは、ヒト患者に見られるPolG変異を有する新たなマウスモデルを開発しました。そして、入院患者や免疫不全患者に肺や皮膚の感染症を引き起こすことで知られる緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)に感染させました。
「ミトコンドリア病の患者にとって、この細菌は非常に厄介な問題となり得ます。環境中に広く存在し、すぐに抗生物質耐性を獲得するためです。緑膿菌感染症は容易に手に負えない状況に陥り、治療後でも再発する可能性があります」とDr.ウエストは語りました。
免疫システムの過剰反応
感染後、PolGマウスの免疫細胞は攻撃を開始し、炎症性分子が大量に放出されました。これは益となるよりも害となりました。感染と戦うどころか、免疫系の過剰反応は、特に肺において、深刻な組織損傷を引き起こしたのです。
「過剰な炎症反応は、新型コロナウイルス感染症の重症患者に見られるもの、つまり免疫細胞が暴走して体内組織を攻撃するのと似ています。この反応は、症状を改善するどころか、むしろ悪化させてしまうのです」とDr.ウエストは説明しました。
研究者たちはさらに深く掘り下げ、この問題の根本原因を発見しました。機能不全に陥ったミトコンドリアが免疫系を通常時でも刺激していたのです。細菌が存在しない状態でも、PolG細胞は「I型インターフェロン」と呼ばれる炎症性分子を大量に産生し続けました。その結果、細菌のセンサーであるカスパーゼ11が活性化され、免疫系が極端な反応を示すようになったのです。
通常の状況では、カスパーゼ11は体内で細菌を検知する役割を果たします。しかし、PolG変異マウスでは、カスパーゼ11が過剰になり、わずかな細菌への曝露でさえも大規模な免疫系の暴発を引き起こします。
「PolGマウスの免疫細胞は、より頻繁に自己破壊し、炎症を増幅させる有害な分子を放出します」とDr.ウエストは語りました。
別の研究 で、Dr.ウエストと共著者であるアメリカ国立ヒトゲノム研究所のDr. Peter McGuire(ピーター・マクガイア)は、他のミトコンドリア病患者の白血球に同様のパターンが見られることを発見しました。これは、この問題がPolGだけに限らないことを示唆しています。
治療への新たなアプローチ
この発見は、革新的な治療法への道を開くものです。免疫システム全体を抑制してしまうと、患者は感染症にかかりやすくなるため、Dr.ウエストの研究チームは、カスパーゼ11の経路を阻害する方法を模索しています。この標的を絞ったアプローチによって、有害な過剰反応を防ぎながら、体が感染症と正常に戦えるようになる可能性があります。
「免疫システムを完全に停止させることなく、こうした過剰な反応だけを抑えることができれば、画期的なことです」と、この研究の筆頭著者であるDr. Jordyn Van Portfliet(ジョーディン・ヴァン・ポートフリート)は述べました。
これらの発見は、ミトコンドリア病だけにとどまらず、より広範な影響を及ぼす可能性があります。ミトコンドリアの損傷は、神経変性疾患や重度の新型コロナウイルス感染症などの病態とも関連しています。ミトコンドリアと炎症の関連性を理解することで、複数の疾患に対するより良い治療法の開発につながる可能性があります。
ジャクソン研究所について
ジャクソン研究所は独立した非営利の生物医学研究機関であり、米国国立癌研究所指定のがんセンターを有し、研究、教育、リソースの独自の組み合わせを活用して、その大胆な使命を達成しています。その使命とは、疾患に対する精密なゲノムソリューションを探索し、世界中の生物医学コミュニティに活力を与えることです。その根底にあるのは「人々の健康を改善したい」という私たち皆の探求心です。1929年にメイン州バーハーバーに設立されたJAXは、メイン州、コネチカット州、カリフォルニア州、フロリダ州、日本の各施設で約3,000名の従業員を有するグローバルな研究機関です。詳細については、 www.jax.org をご覧ください。
JAXメディア担当:Cara McDonough cara.mcdonough@jax.org
英語原文: Why patients with mitochondrial disease more susceptible to infections