より良く聞こえるために、内耳の秘密を解明
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カテゴリー:遺伝

ジャクソン研究所Associate ProfessorのDr. Basile Tarchini

Dr.タルキーニの研究室では、生命の最も初期段階における耳の発達を調査することで、難聴のメカニズムの解明を目指しています。

人間の耳は、単に音を感知するだけの器官ではありません。私たちの体が空間のどこにあるかを認識したり、音の距離や方向を判断したりするほか、友人の秘密に耳を傾けたり、群衆の中から警告の叫びを聞き分けたりと、耳は社会的な行動にも深く関わっています。つまり、聴覚は私たちが周囲の世界を体験するうえで、極めて重要な役割を果たしているのです。

では、聴覚を失うと私たちはどうなるのでしょうか? ジャクソン研究所のAssociate Professorで内耳研究者でもあるDr. Basile Tarchini(バジル・タルキーニ)は、この問いに対して、耳の構造に着目して研究を進めています。彼は、内耳の発達を形づくる分子メカニズムを調べることで、時間とともに変化する内耳の構造を理解しようとしています。この研究は、高齢者の聴覚再生能力を引き出す方法や、ケガによって失われた聴力を回復させる方法の手がかりを提供する可能性があります。

「私たちは発生生物学の観点から難聴に取り組んでいます。感覚細胞を修復・再生する唯一の方法は、そもそもそれらの細胞がどのように誕生するのかを理解することです。つまり、まずは根本から始めなければならないのです」と、Dr.タルキーニは語っています。

 

聴覚受容細胞は数が少なく、非常にもろく、再生能力を持たない

人間は、生涯にわたって使うすべての聴覚受容細胞(有毛細胞)を、生まれた時から既に備えています。片耳あたり約16,000個の有毛細胞が存在しますが、これらは非常に損傷を受けやすく、再生することができません。重機の騒音や建設現場の音、大音量の環境に繰り返しさらされることは、内耳の有毛細胞にとって大きな脅威となります。一度死んでしまった有毛細胞は、二度と元には戻らないのです。

65歳以上の人口は、米国だけでも2050年までに8200万人に達すると予測されています。人間の寿命がこれまでになく延びるなか、難聴が脳や身体に与える影響は、ますます深刻な健康課題となっています。周囲で何が起こっているかを「聞いて理解する力」が低下すると、事故のリスクが高まるだけでなく、社会的な孤立や認知機能の低下にもつながります。Dr.タルキーニの研究は、こうした課題を軽減するための治療法や介入策の開発に貢献する可能性を秘めています。

 

内耳の秘密を解明

彼の研究チームは、「感覚毛」と呼ばれる有毛細胞の一部に注目しています。有毛束は、有毛細胞の表面から伸びる繊細なブラシ状の突起で、音によって曲がります。人間の発達過程において、これらの突起は短いものから長いものへと順番に並び、階段状の構造を形成します。この構造によって、音の振動を正確に捉え、それを脳が解釈できる電気信号へと変換することが可能になるのです。

Dr.タルキーニの研究室では、発生過程において突起を伸ばす役割を持つタンパク質に注目しています。これらのタンパク質をマウスモデルで除去すると、突起の発育が阻害され、重度の難聴を引き起こします。このような発達上の欠陥は、世界中の家族に見られる遺伝性難聴と一致しており、同じタンパク質に関する遺伝的変異が、先天性難聴の原因となっているのです。

しかし、彼らの発見は遺伝性難聴を超えた領域にまで及んでいます。最近の発見で、Dr.タルキーニの研究室は、これらのタンパク質が、発達完了後も突起の先端に留まり続けていることを発見しました。この場所でタンパク質は、構造の維持に関与しており、さらに高齢期においても修復メカニズムとして機能する可能性があることが示唆されています。

「私たちは、聴覚が初期段階でどのように発達するかを解明するためのツールと専門知識を持っています。そのため、加齢や損傷に伴う変化に焦点を移すには、非常に適した立場にあると言えるでしょう。科学の素晴らしいところは、時に結果が自ら次の道を示してくれることにあります」と、Dr.タルキーニは述べました。

 

研究に支えられたソリューション

Dr.タルキーニの研究は、補聴器や人工内耳といった機械的な支援ツールから、遺伝性難聴に対する 史上初の遺伝子治療 のような生物学的ソリューションへ移行する大きな流れの一部を担っています。彼の研究は、この分野における個別化医療の可能性を切り開きました。Dr.タルキーニは「本当の進歩には時間がかかる」と指摘しています。大きな発見の影には、何十年にもわたる試行錯誤、リスク、そして失敗が必ずあるのです。

「真のブレイクスルーは舞台裏で起こります。今日私たちが恩恵を受けている治療法は魔法のように突然現れたわけではありません。それらは研究室で地道に行われた、しばしば見過ごされがちな実験作業から生まれたものです。絶え間ない努力が、最終的に人生を変えるような発見へとつながるのです」と彼は語りました。

 

英語原文: The better to hear you: Unlocking secrets of the inner ear

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