超希少疾患のマウスモデルが切り拓く、神経系遺伝子編集療法の新たな可能性
Media Release

ジャクソン研究所のRare Disease Translational Center(希少疾患トランスレーショナルセンター)の神経科学者、Dr. Markus Terrey(マーカス・テリー)は、新しいAHCマウスモデルの開発を主導しました。このモデルは、希少な変異が神経疾患を引き起こすメカニズムや、次世代の遺伝子編集療法によってその変異を阻止する方法を解明するうえで、研究者にとって画期的なツールです。
これらのモデルは、小児交代性片麻痺の進行メカニズムを明らかにするとともに、その進行を食い止める可能性も示唆している。
【メイン州バーハーバー 2025年7月1日】ジャクソン研究所 (JAX) の科学者たちは、早期に死亡することなく、 小児交代性片麻痺(AHC) の前臨床試験を可能にするマウスモデルを開発しました。AHCは、100万人に1人の子供が罹患している非常に深刻で、場合によっては致命的となる神経疾患ですが、まだ治療法がありません。
Neurobiology of Disease に新たに掲載されたこの研究は、さまざまな遺伝子変異がAHCの転帰をどのように左右するかを明らかにしています。また、他の遺伝性疾患の進行メカニズムの解明や、最適な治療法の探索に貢献することが期待される遺伝子編集をはじめとする次世代治療法の開発と応用に向けた基盤となるものです。
「AHCを希少疾患として考えるのをやめ、AHCやその他の希少疾患をより大きな遺伝性疾患という枠で捉え直す必要があります。私たちは特定の疾患とその根底にある病態メカニズムを個別に研究しているだけではありません。最終的には、一般的な神経疾患に関連する多くの遺伝性疾患の治療に役立つ可能性のある治療技術を開発しているのです」と、この研究を主導したJAXの神経科学者、Dr. Cathleen (Cat) Lutz(キャスリーン・ルッツ)は述べています。
深刻な病気
AHCは、通常乳児期に発症する希少な神経疾患で、数分から数日にも及ぶ突然の麻痺発作を引き起こします。これに加えて、ジストニア(筋肉の硬直)、眼球運動障害、発達遅延などの症状を伴うことがあります。発作は、この疾患の重篤かつ生命を脅かす要素です。現在、根治的治療法は確立されておらず、既存の治療法は症状の緩和には一定の効果はありますが、その効果は限定的です。
AHCはてんかんや脳卒中と間違われることが多いものの、明確な特徴があり、特定の遺伝子変異に関連しています。ほとんどの症例は、脳内の電気的な活動を調整するATP1A3という遺伝子における2つの変異によって引き起こされます。D801NおよびE815Kと呼ばれるこれらの変異は、JAXの研究チームがAHCの早期発症の予防を目的として開発している遺伝子編集や分子療法の有力なターゲットとなっています。
この新たな研究は、2つの異なる変異(遺伝子自体は同じ)が、それぞれ異なる神経学的影響をもたらす仕組みを明らかにしました。E815K変異を持つマウスは、てんかん性棘波、拡延性脱分極、神経炎症の亢進など、より重度の脳活動異常を示しました。これは、E815K変異を持つ患者に見られる重度の発作感受性を反映しています。一方で、D801N変異を持つマウスは、突然死の発生頻度が高く、ジストニア様の症状や運動学習の低下など、より深刻な運動機能障害を示しました。

希少疾患トランスレーショナルセンター副所長のDr.ルッツ(右)と神経科学者のDr.テリーは、ジャクソン研究所において、希少疾患の研究成果を実際の治療法へとつなげる取り組みを主導しています。
研究チームはまた、血中のニューロフィラメント軽鎖(NFL)の濃度も調べました。NFLはニューロンに特異的なタンパク質であり、ヒトや動物モデルにおける脳とニューロンの健康状態を示す一般的な血液バイオマーカーとして知られています。今回の研究では、特定のAHC関連遺伝子変異がこのバイオマーカーの濃度上昇につながることが明らかになりました。この発見は、患者の病気の進行や治療効果をモニタリングするための新たなバイオマーカーの開発に貢献する可能性があります。
AHCには、変異ごとに異なる治療戦略が必要となる可能性があるため、JAXの研究者たちは現在、他の研究チームと連携し、マウスとヒト細胞を用いたさらなる研究を通じて、AHC関連遺伝子変異の修正に取り組んでいます。また、特定の神経発達段階を経て変異が修復可能かどうかも検討し、遺伝子編集治療が最も効果を発揮する段階を特定しようとしています。
「AHCは遺伝性疾患であり、ゲノム編集による治療の可能性が期待されています。しかし、治療法を開発する前に、この疾患のメカニズムを正確に理解する必要があります。今回開発された2つの新しいマウスモデルは、研究における大きな前進であり、これらの2つの変異を実際に調査する方法を提供します。さらに重要なのは、将来的にこれらの変異を修正する方法を探索できる点です」とDr.ルッツは述べました。
超希少疾患のマウスモデルが切り拓く新たな可能性
これらのモデルは、ハイブリッドB6C3H遺伝子背景に基づいて繁殖されました。この遺伝子背景により、AHCモデル作製の早い段階でマウスに見られた早期死亡や脆弱性が大幅に軽減されました。その結果、研究チームは、AHCの子どもたちが経験する予測不可能で重篤なケースが多い発作を再現するために、脳活動、行動、分子生物学的な幅広い検査を用いて研究内容を検証することができました。これらの発作には、温度変化、興奮、その他の環境ストレスによって誘発される筋痙攣のような症状や、自発的に起こる神経学的発作が含まれます。
これまで、マウスを用いたAHCの研究は、マウスの脆弱さと高い死亡率によって大きく制限されてきました。この研究を率いたJAXの神経科学者、Dr.テリーによると、研究者がマウスを取り扱う際にマウスが自然死してしまうことが多く、このため、マウスを用いた治療法の試験は不可能ではないにしても非常に困難だったといいます。今回開発された新しいモデルにより研究者は、AHCの子供に見られる特定の遺伝子変異を正確に再現できるようになり、この疾患の進行メカニズムや、その進行を阻止する方法をこれまでで最も明確に理解できるようになりました。
本研究は、JAXの 希少疾患トランスレーショナルセンター によるもので、同センターは遺伝子研究と臨床治療のギャップを埋めることに重点を置き、他の科学機関、患者家族、患者支援財団と緊密に連携しながら、希少疾患の治療法の開発を推進しています。
「私たちはマウスを用いて研究を行っていますが、最も重要なのは科学的理解を深めることで、患者さんとそのご家族のために治療法の進歩につながる研究も行っています。そのため、患者さんのご家族や支援団体は、私たちの活動の中心的存在となっています。私たちは単に学術誌や論文を参考に研究内容を決めるわけではなく、患者さんとそのご家族のために行動し、彼らと非常に緊密な関係を築きながら研究を進めています」と、希少疾患トランスレーショナルセンターの副所長であるDr.ルッツは説明しています。
ジャクソン研究所について
ジャクソン研究所は独立した非営利の生物医学研究機関であり、米国国立癌研究所指定のがんセンターを有し、研究、教育、リソースの独自の組み合わせを活用して、その大胆な使命を達成しています。その使命とは、疾患に対する精密なゲノムソリューションを探索し、世界中の生物医学コミュニティに活力を与えることです。その根底にあるのは「人々の健康を改善したい」という私たち皆の探求心です。1929年にメイン州バーハーバーに設立されたJAXは、メイン州、コネチカット州、カリフォルニア州、フロリダ州、日本の各施設で約3,000名の従業員を有するグローバルな研究機関です。詳細については、 www.jax.org をご覧ください。
JAXメディア担当:Cara McDonough cara.mcdonough@jax.org
英語原文: Mouse models for ultra-rare disorder could pave the way for nervous system gene editing therapies