ハーバード大学のチームの経験―研究再開に2年かかった理由とは
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カテゴリー:遺伝
何年も研究を重ねた末、あなたとチームが使用していたマウスモデルに残念ながら予期しない突然変異が見つかったと想像してみてください。長年取り組んできた研究を断念し、最初からやり直さなければなりません。これは、学術界、バイオテクノロジー業界、製薬業界を問わず、実験用マウスを飼育するすべての人々が直面する厳しい現実です。ある日突然変異が起こり、その結果生じた表現型は、実験による意図した変異と誤認されることもあるのです。遺伝的に安定したマウス系統を使わない場合、最も深刻な問題は、数年後にこうした突然変異がようやく発見されたとき、当初は妥当だと思われた実験による結果の解釈を見直さなければならない可能性があることです。
ハーバード大学のDr. Shiv Pillai(シヴ・ピライ)と彼の研究チームは、まさにこの問題に直面しました。そのことは、最近Cell Reportsオンライン版1に掲載された論文「 Striking Immune Phenotypes in Gene-Targeted Mice Are Driven by a Copy-Number Variant Originating from a Commercially Available C57BL/6 Strain (市販のC57BL/6系統由来のコピー数変異によって、遺伝子標的マウスに顕著な免疫表現型が引き起こされる)」で報告されています。最初の戻し交配に使用した近交系の系統に自然発生的な突然変異が見つかったため、2つの遺伝子が造血に及ぼす影響について長年にわたり収集したデータについて、評価のやり直しを余儀なくされました。
実験の再現性―避けられない障壁
この研究チームの探求は約10年前、Dr.ピライのグループが、B細胞シグナル伝達と免疫寛容に影響を与えると思われるシアル酸アセチルエステラーゼ(Siae)遺伝子とシチジンモノホスホ-N-アセチルノイラミン酸ヒドロキシラーゼ(Cmah)遺伝子の効果を研究し始めたことに端を発します2。彼らの結論は、2005年から2008年の間に、近交系C57BL/6亜系統(C57BL/6NHsd)に戻し交配されたSiaeおよびCmahノックアウト(KO)マウスを用いた実験に基づいていました。しかし、数年後、彼らはSiae KOモデルをJAXのC57B6L/J(系統番号000664)の遺伝的背景に戻し交配した際に、大きな壁にぶつかりました。それまでSiaeに起因すると考えられていた免疫表現型が、突然消失したのです。Dr.ピライとの個人的なやり取りによると、これらの予想外の結果を受けて、実験が「いつ、どのように、なぜ」失敗したのかを解明するための48か月以上に及ぶ探求が始まりました。
論文発表、助成金の確保、そして研究プログラムの推進という絶え間ない重圧の中で、先行研究の再現に失敗することは、当然のことながら、困惑と不安の両方を伴う経験です。貴重な助成金や研究時間を、研究を前進させるためではなく、予期せぬ問題の解決に費やさざるを得ない状況に対するDr.ピライの苛立ちは、すべての生物医学研究者が共感するところでしょう。
問題の根源を明らかにする
筆頭著者のDr. Mahajan(マハジャン)、Dr.ピライ、そして共同研究者たちは、並外れた粘り強さと、遺伝子交配、SNPアレイ、そして複数のベンダーから入手したC57BL/6亜系統の全ゲノムシーケンシングなどのスキルを駆使し、これまでの実験を再現できなかった根本原因を突き止め、研究を軌道修正しました。その結果、これまでSiaeタンパク質の欠如に起因すると考えられていた異常な免疫表現型は、実際にはC57B6N/6Hsd亜系統にのみ認められる自然発生的な突然変異、すなわちDock2遺伝子の機能を阻害するホモ接合性のコピー数変異によるものであることが分かりました。この突然変異は、他の3つの業者から入手したB6J亜系統およびB6N亜系統では確認されませんでした。
Dr.マハジャンらによる2016年の論文は、場合によっては発表された結論を見直す必要があるという、厳しい現実を痛烈に浮き彫りにしています。Dr.マハジャンらの経験は、おそらく他の研究者にも起こり得る事態であり、それ自体は残念なことですが、そこから得られた教訓は非常に重要です。遺伝的浮動は現実のものであり、実験結果に重大な影響を与える可能性があります。重要なのは、 C57BL/6などというマウスが存在しない ことです。研究者は、自身が使用している具体的な亜系統を認識しておく必要があります。さらに、コロニーにおける遺伝的浮動を最小限に抑えるには、 JAX推奨の繁殖方法に従い 、これらの基準を遵守している信頼できる業者からマウスを調達することが重要です。
遺伝的浮動を最小限に抑える仕組み―凍結保存とJAX Genetic Stability Program(GSP)
厳しい現実としてあるのは、時間の経過とともに、突発的かつランダムで累積的な遺伝的浮動が、最終的に全ての近交系マウス系統の表現型を変化させるということです。この遺伝的浮動の影響は、新たな突然変異の性質と、その系統が用いられる研究の内容によって異なります。結局のところ、その影響は、拡大し続ける地雷原を歩いているようなものです。自然発生的な突然変異が実験に予期せぬ影響を与えるのは時間の問題なのです(Stevens et al., 2007)。遺伝的浮動への注意を怠り、考慮に入れないと、研究の結論が脅かされ、不正確で誤解を招くものとなり、場合によっては使用不可能になる可能性があります。
ジャクソン研究所(JAX)は、 Genetic Stability Program(GSP) に基づく コロニー管理プログラム を整備している唯一のマウス供給機関です。このプログラムは、一般的に使用される研究用マウス系統において、コピー数変異を含む累積的な遺伝的浮動を抑制することを目的としています。JAXでは、凍結保存された胚から、近交系の基礎コロニーを数世代ごとに定期的に再構築することで、遺伝的安定性を維持しています(Taft et al., 2006)3。そのため、JAXのGSPに基づいて管理されているマウスを使用する科学者は、25年後に受け取るマウスが、現在使用されているマウスと遺伝的に可能な限り同等であることを確信できます。
精子と胚の凍結保存 がGSPを成功させる鍵です。これは、遺伝的浮動が発生した場合に元の表現型で系統を復元できるようにする安全策であると同時に、予防策としても機能します。5~10世代ごとに凍結胚から復元したマウスで繁殖コロニーを更新することで、遺伝的背景が安定し、ばらつきが最小限に抑えられます。

最後に思うこと
Dr.マハジャンらによる2016年の論文を読んだ友人が、ハーバード大学のチームの経験を非常に簡潔な言葉でこう表現してくれました ─「繁殖させて、繁殖させて、繁殖し続ければ、その系統のDNAはやがて別の何かになる」─ 研究者としてのキャリアにおいて、このような回り道を許容できますか? ほんの少しの予防策を講じるだけで、数年後に訪れる大きな遺伝学的な頭痛の種から身を守ることができるかもしれません。
参考文献:
- Mahajan, Vinay S. et al. Cell Reports, Volume 15, Issue 9, 1901 – 1909
www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211124716305253?via%3Dihub - Cariappa, A. et al. J Exp Med (2009) 206 (1): 125–138.
rupress.org/jem/article/206/1/125/54196/B-cell-antigen-receptor-signal-strength-and - Taft RA, Davisson M, Wiles MV. Trends Genet. 2006 Dec;22(12):649-53.
www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168952506003143?via%3Dihub
英語原文: Harvard Research Lab & Genetic Drift | The Jackson Laboratory


