マウスから医学に関することまで―ナディア・ローゼンタールへの6つの質問
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カテゴリー:遺伝
遺伝的に多様なマウスモデルを使用することにより、ヒトの病気と治療に対する理解にどのような革命が起こるか。
あなたは、有望な新薬の臨床試験を終えました。ところが、市場に出回ったところ、効果があったのは患者のわずか10~20% 程度でした。なぜでしょうか? 残念なことに、ヒトの遺伝的特異性により、画一的なアプローチはほとんどの場合通用しません。これはヒトに限ったことではありません。小さくて毛がフワフワの実験動物であるマウスも同じ問題に直面しています。
最近のNature Biotechnologyの論評 では、ジャクソン研究所(JAX)のMammalian Genetics Scientific DirectorのDr. Nadia Rosenthal(ナディア・ローゼンタール、FMedSci)が陣頭指揮をとるJAXの遺伝学研究者チームが、治療法の開発に関する新しいアプローチを提案しました。これは、従来の動物実験に代わる手段への道を開くFDA(アメリカ食品医薬品局)の「近代化法2.0」採択直後の提案でした。JAXのメッセージは明確です。医学を真に発展させるには、ヒトの複雑な遺伝的背景をよりよく反映する遺伝的に多様なマウスを使用する必要があるということです。
このQ&Aでは、この新しいアプローチについて詳しく説明し、それがヒトの病気に対する理解と治療をどのように変える可能性があるかを探ります。
創薬において従来のマウスモデルを使用する主な問題は何ですか?
まず、マウスモデルが医学研究にとって非常に重要である理由を説明しましょう。
科学者たちは、100 年以上にわたって、ヒトの病気をモデル化するために動物を研究してきました。彼らは近交系の実験用マウスの系統を開発しました。マウスはヒトと同じ生物学的特徴を多く備えている一方で、生存期間は短く、生後わずか6週間で繁殖し、2~3年しか生きられないからです。そのため、出生後に発症する希少疾患や、心不全や糖尿病など加齢に伴って起こる一般的な病気の進行を短期間に観察できます。
最も重要なのは、マウスとヒトでほとんどの遺伝子が共通していることです。8000万年前、ヒトとマウスは共通の祖先を持っていたため、両種のゲノムは比較可能なほどに類似しているのです。一方の種で見つかったほぼすべての遺伝子は、もう一方の種でも密接に関連した形で見つかっています。
したがって、マウスとヒトが多くの特徴を共有し、多くの同じ病気を患うのは驚くことではありません。しかし、マウスでは、共通する遺伝子の機能を実験的にテストすることができます。科学者たちは、ヒトの病気で発生するDNA変異の影響を模倣し、これらのDNAのスペルミスの結果を入念に研究することができます。マウスモデルにより、治療薬の候補をテストし、その効果を評価する機会を得ることもできます。
JAXでは13,000以上の系統を維持しており、それぞれが独自の遺伝的背景を有しています。100年以上にわたる信頼できる綿密な繁殖記録があるため、これらの系統のそれぞれがどのような遺伝子変異を持っているかを正確に把握しています。
極度の肥満傾向のマウスが必要な場合は、高脂肪、高糖質の「西洋食」を与えると非常に速く体重が増えるNZOマウス系統をお勧めします。1型糖尿病を研究している場合は、高い確率で自己免疫疾患を発症するNODマウス系統をお勧めします。
近交系マウスはなぜ、がんや糖尿病などのヒトの病気を正確に再現できないことが多いのでしょうか?
マウスでは良い試験結果が出た薬がヒトではうまくいかないのは、マウスの遺伝的背景が違うからという通説があります。その結果、製薬企業は実験モデルとしてマウスを使うのをやめ、ヒトの細胞に目を向けつつあります。
ある薬がヒトへの使用が承認されれば、すべての患者が宣伝どおりに反応するだろうと考えたくなります。しかし、ほとんどの医師が知っているように、残念ながら臨床試験に合格した薬のほとんどは、比較的少数の患者(10~20%)にしか効きません。これは、私たちはそれぞれ遺伝的に異なっており、ほとんどの薬は特定の遺伝的背景を持つ人にしか効かないからです。この多様な反応は、ある薬に対して異なる反応を示す複数の患者から分離した細胞でも認められる可能性が高いです。
マウスでも同じことが言えます。1匹のマウスまたはそのマウスの細胞で薬をテストした場合、薬が効く可能性は、1人のヒトまたはそのヒトから分離された細胞でテストした場合とほぼ同じです。
事態を複雑にしているのは、ヒトと違って実験用マウスは血統書付きの犬のように近親交配されており、それぞれが独自の特徴と病気への感受性を持っていることです。マウスにヒトのように薬に反応させたいなら、ヒトと同じようにマウスの多様性を高める必要があります。
ですから、ある薬がマウスとヒトでは同じようには効かないと主張する人がいたら、私はこう尋ねます。「どのマウスで、どのヒトですか? また、何種類のマウスでテストしたのですか?」
JAXではどのような新しい創薬アプローチを提案していますか?
JAXでは、マウスの「mutt(遺伝的多様性があるマウス)」を繁殖しています。ラブラドゥードルやコッカープーを思い浮かべてください。私たちは、さまざまなマウスの系統をランダムに交配して、ヒトの遺伝的多様性により近い遺伝的多様性を持つマウスを生み出しています。これにより、心臓病、認知症、糖尿病などのより複雑な病気の根底にある遺伝的特徴を調査することができます。これらの「デザイナーマウス」は、より健康的で、個体ごとに特徴が異なり、ヒトと同じように薬に対して非常に多様な反応を示します。
私たちは、野生のさまざまな場所から直接得た新しいマウスのパネルも開発しています。これらのマウスは、研究室にいる限られた遺伝子レパートリーのマウスよりもさらに多様性に富んでいます。研究室のマウスは、野生の祖先から100年以上隔離され、病気への反応に影響を与える可能性のある特性を持つように飼育されてきたためです。
なぜこれが前臨床研究コミュニティ、あるいは米国食品医薬品局にとって重要なのでしょうか?
FDAは、ヒトでの試験を始める前に動物モデルで新薬の安全性と有効性を試験することを義務付けていましたが、最近このルールが変更され、動物実験を必要とせずに、ヒト細胞のみで薬を試験できるようになりました。動物実験は時間がかかり、費用がかかり、倫理的な問題を伴うため、薬の試験での動物の使用を減らすもしくはなくすことは、動物を含めたすべてのものに利益をもたらすという考え方です。
この考え方の問題点は、培養皿の中の細胞がヒトの病気についてどれだけ教えてくれるかがまだわかっていないことです。培養皿の中で細胞ががんを発現する可能性はありますが、組織、免疫反応、精神疾患の複雑な相互作用をどうやって研究すればよいのかは明らかではありません。安全性も依然として大きな懸念事項です。培養皿の中では細胞の生存に影響しない薬が、全身の組織や臓器系に悪影響を及ぼす可能性があります。
新しいアプローチは、患者の治療反応に対する理解にどのような革命をもたらすでしょうか?
細胞モデルには大きな利点があります。一度に何千もの細胞に何千もの化合物を使用してテストできるのです。しかし、細胞は、その細胞が由来するヒトと同じ遺伝的多様性しか持っていません。そのため、各細胞の遺伝的背景ついて十分な知識がない限り、薬に対する反応によって引き起こされた特徴と、遺伝的背景によって引き起こされる特徴を区別することは困難です。
遺伝的背景が病気にどう影響するかについてはまだ初歩的な理解しかなく、細胞の挙動から推測できることには限界があります。ある薬があなたの体の細胞には望ましい効果をもたらすのに、私の体の細胞には効果がなかったらどう考えれば良いでしょうか? その薬がダメだということでしょうか? それとも、その薬はあなたが幸運にも持っているなにがしかの遺伝的特徴を持つ人にしか効かないのでしょうか?
遺伝的特徴が判明しており、互いに異なる2匹のマウスの細胞でテストすることを想像してください。マウスAは反応しますが、マウスBは反応しないとします。幸運なマウス系統Aに焦点を当て、マウスの血統に関する知識を活用して、薬の効果を可能にする特定の遺伝的特徴をマッピングできます。
そして、さらに良いことがあります。系統Aの遺伝子の特徴を系統Bの細胞に導入して仮説を検証し、薬が効くかどうかを調べることができます。薬が効く場合、遺伝子特性Aを持つ人をスクリーニングすれば、その全員が薬に反応するはずです。
なぜこれが重要なのでしょうか? 覚えておいてほしいのは、どんな薬に対しても反応するヒトはわずか10~20% だということです。薬に反応するかどうかを決める特徴を持つ人を事前にスクリーニングすることで、薬をより正確に標的に届けることができます。これを精密医療と呼びます。
特定の病気に関して、多様なマウスを使用して貴重な知見が得られた例を挙げていただけますか?
新型コロナウイス感染症のパンデミックを例に挙げましょう。パンデミックが発生したとき、科学者たちはワクチンや抗ウイルス薬をテストすることができませんでした。マウスは新型コロナウイスに感染しないからです。これは、新型コロナウイルスを受け入れるヒト細胞の表面にあるタンパク質が、マウスではわずかに異なるためです。
解決策は明らかでした。マウスにヒトの遺伝子を組み込むのです。そうすると、マウスはウイルスにさらされた時に新型コロナウイスに感染するという訳です。
唯一の問題は、その影響が非常に深刻だったことです。今では、新型コロナウイルス感染症に対するヒトの反応はさまざまで、重症化する人もいれば、無症状の人もいることがわかっています。現在のところ、転帰を予測する方法はありません。このさまざまな反応をマウスでどのようにモデル化すればよいのでしょうか?
ここまで読んで、もう答えがわかった方もいるかもしれません。マウスの「mutt」で試してみればよいのです。私たちは、ヒトの遺伝子を持つマウスを、私たちのコレクションにある10種類の異なる系統のマウスと交配し、一世代の「mutt」でウイルスをテストしました。
結果は驚くべきものでした。1匹の「mutt」は重篤な状態になり、もう1匹は呼吸器感染症にかかったものの回復し、別のもう1匹は感染したものの病気の兆候は見られませんでした。これらの結果はすべて再現可能でした。なぜなら、その遺伝的背景を再現可能だからです。
これらのマウスの遺伝子がわかったことで、症状の違いの遺伝的根拠をたどり、その知識を使って新型コロナウイルス後遺症のような疾患をより良く治療する方法を理解できるようになりました。
ですから、マウスの能力を過小評価しないでください。マウスの遺伝的多様性はすべて、次の医学の飛躍的進歩につながる可能性があります。
英語原文: From mice to medicine - six questions with Nadia Rosenthal (jax.org)