細胞単位で研究する脳の可塑性
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3種類の密接に関連する脂質によって、正常な老化とアルツハイマー病における脳構造の複雑さが明らかになり、脂質の組成だけで脳の領域やサブ領域を定義できることが示されています。
サイモンズ財団は、老化と認知機能の低下を解明するために、ジャクソン研究所(JAX)の革新的な研究を支援している。
私たちの脳は数十億のニューロンで構成され、常に新しい情報に適応しています。この柔軟性は「神経可塑性」と呼ばれ、明確な思考や記憶、周囲への対応を可能にします。しかし、加齢とともにこの適応能力は低下し、記憶障害やアルツハイマー病などの認知機能障害を引き起こす可能性があります。
JAXのAssociate Professorである Dr. Kristen O’Connell (クリステン・オコンネル)は、個々の脳細胞を対象に、神経可塑性の検討とその背後にある複雑なメカニズムの解明に取り組んでいます。彼女の研究では、主に「Patch-seq」と呼ばれる最先端技術を用い、ニューロンの遺伝子発現と、入力情報を統合して回路内の次のニューロンに強い出力信号を伝達する仕組みとの関係を明らかにしています。
科学者たちは個々の細胞における遺伝子の活動を研究することで、これらのプロセスについて多くの知見を得てきました。しかし、遺伝子だけでは全体像を把握できない場合があります。特に老化した脳ではその傾向が顕著です。これは、タンパク質の量と、それをコードする遺伝子の発現レベルが必ずしも対応していないためです。Dr.オコンネルは、この不一致が加齢による脳機能低下の主な原因である可能性があると指摘しています。
細胞単位で研究する脳の可塑性
かつては、細胞単位でタンパク質を研究することはほぼ不可能であり、そのため、遺伝子発現レベルがタンパク質発現の指標として頻繁に用いられてきました。しかし現在、Dr.オコンネルは、 Protein Sciences Service(タンパク質科学サービス)部門 のディレクターである Dr. Brian Hoffmann (ブライアン・ホフマン)と共に、JAXが導入した画期的な新技術(個々の細胞内に存在するタンパク質を分析できる 最先端の質量分析システム )を活用して、この研究を加速させています。JAXは、この質量分析計(ブルカー社製「timsTOF Ultra 2」)を備えた数少ない研究機関の一つであり、この質量分析計は、これまでにないスピードと精度で、新たな診断ツールや治療法の開発に役立つデータを提供します。
これらの取り組みは、サイモンズ財団からの新たな220万ドルの助成金によって支援されています。この資金は、「睡眠は成人期における脂質機能をどのように維持するのか」と「加齢脳におけるタンパク質と脂質の恒常性」という2つのプロジェクトに充てられます。Dr.オコンネルとDr.ホフマンは共同主任研究者として、スタンフォード大学、カリフォルニア大学サンフランシスコ校、コロンビア大学と連携し、共同研究を進めています。
これらのプロジェクトの目標は、脳内のタンパク質と脂質が時間の経過とともにどのように変化し、それが記憶と認知にどのような影響を与えるのかを詳細に解明することです。この研究は、加齢の過程で脳の健康を維持するための新たな方法や、加齢に伴う認知機能の低下を防ぐ新たな方法につながる可能性があります。
「脳の機能にとって極めて重要であり、脳の老化を決定づける鍵と考えられる生物学的領域を調べるためのこれらの新しい手法は、この研究を前進させる上で不可欠なものです」とDr.オコンネルは語っています。
これまでの時間的制約と感度の限界を克服するこの種の技術革新は、研究を刺激的な新しい領域へと推進し、それこそが JAX Scientific Servicesの真髄だとDr.ホフマンは語っています。
「私たちは常に新しい技術を追求しています。JAXの研究者たちに、ほんの数年前には解明できなかった重要な生物学的疑問に答えられるツールを提供したいのです」と彼は言います。
サイモンズ財団は、助成金による資金提供、教育、普及活動を通じて共同研究を推進しています。同財団は「Plasticity and the Aging Brain Collaboration(可塑性と加齢脳に関する共同研究)」を通じて、Dr.オコンネルやDr.ホフマンのプロジェクトをはじめとする複数のプロジェクトを支援しており、2022年に初めてDr.オコンネルの研究に資金を提供しました。
Dr.オコンネルは、この新たな資金調達は当初の支援の継続かつ発展形であり、神経可塑性に関する取り組みをさらに拡大するものであり、プロテオミクスとリポミクスの力を取り込んで研究を強化するものだと述べています。プロテオミクスとリポミクスは、JAXのタンパク質科学サービスの中核をなす質量分析・タンパク質化学研究室でDr.ホフマンが専門としているものです。
「サイモンズ財団のおかげで、この研究は実現しました。この種の研究は資金調達が難しい場合もありますが、サイモンズ財団は私たちが可能性を信じる分野に基づき、ハイリスク・ハイリターンのプロジェクトを積極的に支援してきました。彼らの支援がなければ、この研究を進めることは困難だったでしょう」と彼女は語っています。
この研究が、「サイモンズ共同プロジェクト」に参加する科学者や神経科学分野全体にわたる科学者の研究に役立ち、脳の老化に関する重要な疑問に答え、最終的にはアルツハイマー病などの病気を予防する治療法を開発するために使用できるリソースになることが理想だと、Dr.オコンネルは語っています。
「JAXの2つの研究チームが力を合わせれば、どんな成果が得られるかを考えるだけで胸が高鳴ります。私たちは、これまで誰も成し遂げたことのない方法で、この分野を前進させていると感じています」とDr.ホフマンは語りました。


