血液がんの化学療法抵抗性に関わる「分子スイッチ」を発見
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ジャクソン研究所(JAX)の研究チームは、急性骨髄性白血病(AML)の化学療法への抵抗性に、RNAの働きがどのように影響するかを解明し始めている。
【コネチカット州ファーミントン 2025年8月15日】 がん治療における最大の課題の一つは、化学療法後に一部のがんが再発することです。なかでも、急性骨髄性白血病(AML)と呼ばれる悪性度の高い血液がんは、再発のリスクが特に高いことで知られています。ジャクソン研究所(JAX)の最新研究により、これまで明らかにされていなかった化学療法抵抗性の分子メカニズムが解明されつつあり、それを無効化できる可能性も示唆されています。
Blood Cancer Discoveryに新たに掲載された研究結果で、JAXのAssistant ProfessorであるDr. Eric Wang(エリック・ワン)率いる研究チームは、このメカニズムにおけるRUNX1Cと呼ばれるタンパク質の役割について報告しています。RUNX1と呼ばれる遺伝子のあまり知られていない変異体、つまり「アイソフォーム」であるRUNX1Cタンパク質は、血液細胞が化学療法に抵抗する仕組みの制御に関与しています。
血液がんの化学療法抵抗性に関わる「分子スイッチ」を発見
研究チームは、AML患者の化学療法を受ける前とがん再発後のデータを解析した結果、多くの症例で、本来であればRUNX1遺伝子を制御するゲノム領域に「DNAメチル化」と呼ばれる化学的な目印が現れていることを発見しました。このわずかな変化が遺伝子スイッチを切り替える役割を果たし、がん細胞にRUNX1Cアイソフォームの産生を促すことで、化学療法への抵抗性を大幅に高めるメカニズムが活性化されていたのです。
具体的には、RUNX1CはBTG2と呼ばれる遺伝子を活性化する働きを持っていました。この活性化により細胞のRNAが阻害され、細胞活動が鈍化し、白血病細胞が休眠状態、つまり分裂を停止する状態へと移行します。化学療法は、がん細胞が活発に分裂しているときに最も効果を発揮するため、この休眠状態では、がん細胞は治療の影響を受けにくくなります。つまり、休眠状態のがん細胞は治療から「身を隠し」、治療後に「目覚める」可能性があるのです。
JAXのAssistant Professor であるDr.エリック・ワン: 英語原文記事 から動画「New Study Uncovers Molecular “Switch” Behind Chemo Resistance in Blood Cancer」をご覧いただけます。
「現状の問題は、AMLが再発した患者に対する有効な治療法がないことです。だからこそ、私たちの研究が非常に重要なのです。どのアイソフォームや遺伝子が化学療法耐性に関与しているのかを理解するためだけでなく、将来的にそれらを標的とした治療法を開発するうえでも重要です。これまで研究者たちはRNAアイソフォームの広範な解析を行ってきましたが、AMLの再発という状況下での解析は行われていませんでした。私たちの研究は、遺伝子だけでなくRNAアイソフォームも化学療法耐性の獲得において極めて重要であることを示す優れたリソースとなるでしょう」とDr.ワンは語っています。
さらにDr.ワンは「患者においてRUNX1Cを安全かつ標的を絞って阻害する方法が開発されれば、がん細胞が休眠状態に陥るのを防ぎ、化学療法の効果を高めることで、再発リスクの低減につながる可能性があります」とも語っています。研究チームは、培養細胞とマウスの両方のAMLモデルにおいて、RUNX1Cに対して2種類のRNA標的ツールを使用する試験を実施しました。
RUNX1C阻害薬と標準的な化学療法を組み合わせることで、白血病細胞を殺傷する薬剤の効果が著しく向上しました。このアイソフォームの影響がなくなると、休眠状態のがん細胞は「目覚め」、再び分裂を始めます。これは、まさに化学療法が最も効果を発揮するタイミングです。
JAXのポスドク研究員のDr. Cuijuan Han(ツイジュアン・ハン):Dr.ワンの研究室では、白血病細胞の生存、分化、そして治療への反応を制御する遺伝子調節メカニズムの研究に取り組んでいる。
本研究の筆頭著者であるDr.ハンは、「このアイソフォームを過剰に発現させると、AML治療に用いられる多くの化学療法に対してがん細胞が抵抗性を獲得することを実証しました。また、逆の現象を調べる実験も行いました。このアイソフォームをノックアウト(機能を除去)すると、化学療法に対する感受性が高まることも確認しました」と説明しています。
Dr.ワンの研究室は、他の研究機関と連携しながら、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)と呼ばれるRNA標的ツールの活用を継続しています。この技術はRNAに結合することで、RNAアイソフォームなどの特定タンパク質の生成を阻害します。「今後の研究で結果が確認されれば、ASO技術によるRUNX1Cの標的化はAML治療における強力な手段となり得ます」とDr.ワンは語っています。現在、この技術はJAXでは希少神経疾患を対象とした実験段階にありますが、AMLや他のほとんどのがんへの応用は、まだ広く行われていません。
「本研究は、適切な技術を用いてアイソフォームをノックダウンする(機能を低下させる)ことで、化学療法への抵抗性を強めたり、あるいは克服したりできるという原理を実証するものです。私たちの研究室は他のがんを直接対象としているわけではありませんが、この概念を他のがんに応用することもできます。RNAアイソフォームを標的とすることで、様々な薬剤やがんにおいて、薬剤反応を調節できるかどうか、そのことに焦点を当てる根拠が得られるかもしれません」とDr.ワンは述べました。
JAXメディア担当: Cara McDonough cara.mcdonough@jax.org
Dr.エリック・ワンは、ジャクソン研究所がんセンター(JAXCC)新進研究者賞(P30CA034196)をはじめ、JAXスタートアップ資金、JAXがんセンター・ファストフォワード賞、白血病研究財団(LRF)、およびバトラー家族財団の支援を受けています。
引用文献
Han, C., Zhang, Z., Crosse, E.I. et al. An Isoform-Specific RUNX1C–BTG2 Axis Governs AML Quiescence and Chemoresistance. Blood Cancer Discovery. (2025). https://doi.org/10.1158/2643-3230.BCD-24-0327
英語原文: Study uncovers molecular “switch” behind chemoresistance in blood cancer


