がんの分子の「キルスイッチ」を再活性化する方法を発見
Media Release

複数のがんに利用できる画期的なRNAベースの治療への扉を開く発見
【コネチカット州ファーミントン 2025年3月13日】選択的RNAスプライシングは、映画編集にたとえることができます。編集者が映画のシーンを取捨選択して並べ替えることで、同じ素材からドラマやコメディ、さらにはスリラーなど、まったく異なる作品を作り出すように、細胞もRNAをさまざまな方法でスプライシングすることで、ひとつの遺伝子から多様なタンパク質を生み出し、必要に応じて機能を微調整します。しかし、がん細胞がこの「脚本」を書き換えてしまうと、このプロセスが乱れ、腫瘍の成長や生存を助ける方向に働いてしまうのです。
Nature Communications
の2月15日号に報告された最新の研究で、ジャクソン研究所(JAX)とUConn Health(コネチカット大学保健学部)の研究者たちは、がんがRNAの厳密に制御されたスプライシングと再編成を乗っ取る仕組みを明らかにしただけでなく、悪性で治療が難しい腫瘍の進行を遅らせ、縮小までさせる可能性のある治療戦略も紹介しています。この発見は、トリプルネガティブ乳がんや特定の脳腫瘍など、現在のところ治療の選択肢が限られている悪性がんの治療方法を変える可能性があります。
JAXのAssociate Professorであり、NCI(米国国立がん研究所)指定のJAXがんセンターの共同プログラムリーダーを務めるDr. Olga Anczuków(オルガ・アンチュクー)が率いる今回の研究の中心にあるのは、poison exon(毒エクソン)と呼ばれる小さな遺伝子要素です。この毒エクソンは、タンパク質の生成を止める自然界の「オフスイッチ」のような役割を果たします。これらのエクソンがRNAメッセージに含まれると、タンパク質が生成される前にそのメッセージが破壊され、有害な細胞活動を防ぐことができます。健康な細胞では、毒エクソンが主要なタンパク質のレベルを調節し、遺伝子の働きを抑える安全装置として機能しています。しかし、がん細胞では、この安全メカニズムが機能しないことがよくあります。
Dr.アンチュクーの研究チーム(研究を主導したジャクソン研究所とUConn Healthの医学博士課程の大学院生Nathan Leclair⦅ネイサン・ルクレール⦆ならびに専門的な知見を提供したスタッフ研究者Mattia Brugiolo⦅マティア・ブルジョーロ⦆を含む)は、がん細胞がTRA2βと呼ばれる重要な遺伝子の毒エクソンの働きを抑えていることを発見しました。その結果、がん細胞内でTRA2βタンパク質のレベルが上昇し、腫瘍が制御不能に増殖してしまうのです。
さらに、研究チームは、毒エクソンのレベルと患者の転帰の間に相関関係があることを発見しました。「私たちは、TRA2β遺伝子における毒エクソンのインクルージョンが少ないことが、さまざまながんのタイプ、特に悪性で治療が難しいがんにおいて、転帰不良と関連していることを初めて明らかにしました」とDr.アンチュクーは述べました。このようながんには、乳がん、脳腫瘍、卵巣がん、皮膚がん、白血病、大腸がんが含まれるとDr.アンチュクーは説明しています。
「キルスイッチ」を再活性化する方法を発見
Dr.アンチュクー、ルクレール、ブルジョーロは、TRA2β遺伝子における毒エクソンのインクルージョンを増やして「キルスイッチ」を再び作動させられるかどうかを調べました。彼らは、その答えをアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)に見いだしました。ASOは、特定の方法で毒エクソンのインクルージョンを増やすように設計された合成RNAフラグメントです。がん細胞に導入されると、ASOは遺伝子スイッチを効果的に切り替え、過剰なTRA2β RNAを分解して腫瘍の進行を抑制する身体の自然な能力を回復させることが確認されました。
「ASOは毒エクソンのインクルージョンを急速に促進し、言わば、がん細胞を「騙して」自らの増殖シグナルをオフにすることができることを発見しました。これらの毒エクソンはレオスタット(可変抵抗器)のように働き、タンパク質レベルを素早く調整します。そのため、ASOは悪性がんに対する非常に精密かつ効果的な治療法となる可能性があります」とルクレールは語っています。
興味深いことに、研究者たちがCRISPR遺伝子編集技術を使ってTRA2βタンパク質を完全に除去しても、腫瘍は増殖を続けました。この結果は、タンパク質そのものではなくRNAを標的とする方が、より効果的なアプローチとなる可能性を示唆しています。「これは、毒エクソンを含むRNAが単にTRA2βの働きを抑えるだけではないことを意味しています。おそらく他のRNA結合タンパク質を隔離することで、がん細胞にとってさらに有毒な環境を作り出しているのでしょう」と Dr.アンチュクーは説明しています。
今後の研究でASOを用いた治療法が改良され、腫瘍への効果的な送達方法の開発が進められる見込みです。予備データではASOは高い特異性を持ち、正常な細胞の機能を妨げないことが示唆されており、将来的にがん治療の有望な選択肢となる可能性があります。この研究は、アメリカ国立衛生研究所(NIH)とNCI指定のJAXがんセンターの支援を受けて実施されました。
ジャクソン研究所について
ジャクソン研究所は独立した非営利の生物医学研究機関であり、米国国立癌研究所指定のがんセンターを有し、研究、教育、リソースの独自の組み合わせを活用して、その大胆な使命を達成しています。その使命とは、疾患に対する精密なゲノムソリューションを探索し、世界中の生物医学コミュニティに活力を与えることです。その根底にあるのは「人々の健康を改善したい」という私たち皆の探求心です。1929年にメイン州バーハーバーに設立されたJAXは、メイン州、コネチカット州、カリフォルニア州、フロリダ州、日本の各施設で約3,000名の従業員を有するグローバルな研究機関です。詳細については、 www.jax.org をご覧ください。
JAXメディア担当:Cara McDonough cara.mcdonough@jax.org
英語原文: Scientists discover how to reactivate cancer’s molecular “kill switch” at the Jackson Laboratory