生物医学研究に遺伝的多様性を組み込むことの重要性
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カテゴリー:遺伝モデル作製

By Mark Wanner

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ジャクソン研究所のDiversity Outbred(DO)マウス

1系統または2系統の近交系マウスを使用した研究では、ヒト集団に見られる遺伝的多様性の重要な側面を捉えることができません。ジャクソン研究所(JAX)の科学者たちは、研究者がマウスによってヒトの病気をより適切にモデル化できるように、多様な遺伝的背景を組み込むことに取り組んでいます。

2024年4月中旬、JAXの Dr. Martin Pera (マーティン・ペーラ)率いる研究チームは、生物医学研究における重要な前進を発表しました。彼らの発表したin vitro幹細胞研究プラットフォームは、遺伝的多様性をマウスベースの研究に組み込む新しい方法となるものです。研究での発見を臨床に届けるまでのギャップをどのように埋めたらよいかという議論が進行していますが、マウスモデルに遺伝的多様性を持たせることはその議論にとって核心とも言える部分です。JAXはマウスの専門知識とリソースの世界的リーダーであり、特に Collaborative Cross (CC) 近交系と Diversity Outbred(DO) コロニーにおいて、長年にわたりマウスの遺伝的多様性を推進し、顕著な成果をあげています。これまでもin vivoの個体群とプラットフォームを前進させてきましたが、十分な飼育スペース、飼育の専門知識、予算がない研究者にとっては利用の可能性が限られていました。Dr.ペーラと研究チームの取り組みが研究者にとって役立つことでしょう。

成功と限界

過去1世紀における医学の進歩の多くが、スタートはマウス実験で得られた知見でした。最近の例では、 免疫チェックポイント阻害 (キイトルーダなどのがん免疫療法)や GLP-1受容体活性化 (ウゴービなどの肥満症、糖尿病および心血管疾患の治療法)などが挙げられます。しかし、長年にわたり、マウスでなされた有望な発見のほとんどは、ヒトの効果的な治療法には応用できませんでした。これには多くの要因が関係していますが、重要な要因の1つは私達の遺伝子にあります。

マウスとヒトには明らかに遺伝的な違いがありますが、ゲノムと大部分の遺伝子の機能は非常に似ています。しかし、ヒトの患者集団が持っているのに、生物医学研究に使用されるほとんどのマウスが持っていないものがあります。それは、異なる遺伝的背景によるものです。ヒトゲノムの配列が初めて完全に解読されて以来、人々の間の小さなゲノムの違いが臨床において非常に重要であることが明らかになりました。しかし、長年にわたり、マウスを使った研究のほとんどは、特性が十分に明らかにされた少数の近交系のうちの1系統または2系統しか使用してきませんでした。これは、わずか1家族または2家族の近親者で薬やその他の治療法を試験することと同じです。その家族では効果のあるものが他のほとんどの人にとっては効果がないことや、逆にその家族では効果のないものが他の人たちには効果があるということがあり得ます。CCおよびDOの多様性プラットフォームを使用した研究に加えて、JAXの科学者は、この問題に対処する革新的な方法の開発に取り組んでいます。

機械によるビジョン

行動学における遺伝の研究では、当然ながら、生きた動物が研究対象の行動を取ることが必要です。しかし、従来の行動研究は範囲が限られており、不正確なテストを行ったり、多くの個体を観察することは人間には不可能であるため少数のマウスを用いたりする研究が主でした。多くの個体を観察するのは未だに人間には不可能です。そこで ビデオと機械による学習システム が登場しました。JAXのAssociate Professor Dr. Vivek Kumar (ヴィヴェック・クマール)は、非侵入型ビデオシステム(人間の存在が行動に影響するため)と機械学習アルゴリズムの両方を開発しました。このシステムとアルゴリズムは、専門家である人間の観察者と同等の精度で、大量の行動データをキャプチャリングし、分析することが可能で、既に、グルーミング、歩行、睡眠、老化などに関する研究に有効活用されています。

グルーミングに関する研究 からは、遺伝的に多様なマウスを研究に組み込むことがなぜ重要なのかを証明する優れた証拠も示されています。BTBRというマウス系統は、自閉症スペクトラム障害のモデルとなる可能性があると考えられていましたが、その理由の一つが、高レベルの反復行動(この場合はグルーミング)です。ここで重要なのは、グルーミングの時間が長いという所見は、研究で最も一般的に使用されているマウス系統であるC57BL/6Jとの比較に基づくものであったという点です。さらに多くの系統(合計で62系統)を追加したところ、Dr.クマールらは、BTBRが長時間グルーミングをしてはいるものの、その行動が突出したものではないことを発見しました。実際、同様の行動パターンを示す系統が他に11系統ありました。この研究結果は、BTBRはそのグルーミングパターンから、ASDのモデル系統として必ずしも適しているわけではなく、その他の要因を考慮すべきことを示唆しています。

感染症のばらつき

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、病気に対する人間の反応が、いかにばらつきがあるかをはっきりと思い出させてくれましたが、そこには明らかな傾向がありました。それは、高齢者や併存疾患を持っている人が最も脆弱だということです。しかし、研究者たちは当初、症状のばらつきの根底にある生物学的メカニズムを研究することができませんでした。野生型(wild-type)マウスを最初の新型コロナウイルス変異株に感染させることができなかったからです。そのため ヒト化ACE2受容体を持つマウス をクリーン化することが最初の重要なステップでした。しかし、C57BL/6J系統で作製された、いわゆるK18-hACE2トランスジェニックマウスにおける疾患の進行は、一貫して急速で死に至るものでした。JAXのProfessorでありJAX Mammalian Genetics Scientific Directorの Dr. Nadia Rosenthal (ナディア・ローゼンタール)は、なぜこの病気が人によってこれほど異なるのかを調査するためには、遺伝的背景が異なるさらに多くのマウスが必要であることを理解していました。この目的のために、彼女と研究チームは、もともとCCおよびDOマウス集団の開発に使用されていた、 遺伝的に非常に多様な8系統 に着目しました。

K18-hACE2マウスを他の系統と交配することにより、研究チームは、さまざまな遺伝的背景を持つ 新型コロナウイルス感染症を研究するための効果的なプラットフォーム を構築することができました。そして思ったとおり、オリジナルのC57BL/6Jマウスが最も感受性が高く、他のマウスはそれほど感受性が高くないことがわかりました。実際、PWKという系統は非常に耐性があり、病気の徴候をほとんどまたはまったく示さず、またそれとは別の3つの系統では、雄マウスと雌マウスの間で常に重症度が異なっていました。研究チームは、パネル全体で病気の特徴を徹底的に分析することに加えて、系統間の免疫応答やその他の要因を比較しました。彼らの発見は、1型インターフェロン応答のタイミングと制御が、ウイルス複製の制御と炎症誘発性免疫応答の消失に特に重要であることを実証し、今後のメカニズム研究の焦点となるポイントを示しました。

遺伝的に多様なin vitro研究の飛躍的な進歩

JAXの研究者は豊富なマウスリソースを利用できるため、8種類、さらには62種類の異なる系統を使用した研究が可能です。しかし、これほど多くのマウスを「維持しながら」飼育することは、スペース、専門知識、予算、もしくはその3つすべての不足が理由となり、多くの科学者にとっては実現不可能かもしれません。in vitro研究における遺伝的多様性の拡大を目指して、Dr.ペーラ率いるJAXチームは、マウス胚性幹細胞(mESC)に注目しました。理論的には、この細胞は培養下で増殖させて、さまざまな細胞や組織に分化させることができます。ただ、複数のマウス系統でそれを行うのは困難です。Dr.ペーラらは、上記の新型コロナウイルス感染症の研究に使用したのと同じ8系統を用いて研究を行いましたが、既存のプロトコールを使用してニューロンへの発達を誘導できるのは129という系統のmESCのみであることが判明しました。しかし、いくつかの革新的な考え方により、彼らは8つの系統すべてで機能する改訂版プロトコールを作成することができました。また、さまざまな種類のニューロンを生成できるようにプロトコールを微調整することもできました。

このように開発されたin vitroプラットフォームを使用して、研究チームは、ヒト人工多能性幹細胞(iPSC)と129のmESCにおける以前の研究を追跡調査する概念実証研究を実施しました。ヒトでは、DYRK1Aという遺伝子の機能不全が、自閉症スペクトラム障害や知的障害などの神経発達障害に関連しています。Dr.ペーラと研究チームは、ヒトiPS細胞におけるDYRK1A阻害が、多能性状態にある細胞からニューロンへの分化への移行を妨げることを発見しました。また、最近開発されたmESCを使って研究したところ、DYRK1Aを阻害したさまざまな細胞株間に重要な違いがあることが観察されました。129など一部の系統は影響を受けず、神経前駆細胞に分化できました。特にC57BL/6Jは強く阻害され、ヒトiPSCと同様の応答でした。さらなる研究により、C57BL/6JがDYRK1A関連のヒトの状態および疾患のin vivoモデル化に最適な系統である可能性が高いことが示されました。この研究は、in vitroプラットフォームを使用して、遺伝的背景の影響を評価すること、系統間の違いを分析すること、マウスとヒトの所見を効率的に照合すること、in vivoでのヒト疾患をより適切にモデル化することが可能であるという強力なエビデンスを示しています。

著者: Mark Wanner
米国ジャクソン研究所Research Communications部門Associate DirectorのMark Wannerは、ジャクソン研究所の研究に関するコミュニケーションを統括しています。 サイエンスとコミュニケーション両方のバックグラウンドを持つMark Wannerは、さまざまな媒体で生物医学と臨床科学の問題を取り上げ、それらの情報を多くの視聴者層に発信するとともに、その問題について説明しています。

英語原文: In vitro stem cell research adds genetic diversity into mouse-based research (jax.org)

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