ノンコーディングゲノムについての理解
Research Highlight
【日本語版】

By Mark Wanner

Nadia Rosenthal in her lab with a stylized frame running through the picture
ジャクソン研究所のラボにて Dr. ライアン・テューヒー(真ん中)と彼のスタッフ 写真提供者:Tiffany Laufer

JAXのAssistant ProfessorであるDr. ライアン・テューヒーは、ノンコーディングゲノム制御がどのように機能するか、また疾患におけるその多くの役割は何なのか、その両方を理解するために、ハイスループット分析を利用する取り組みを主導しています。

私たちのゲノムの不思議な点は、その大多数(約98.5パーセント)がタンパク質をコードしていないことです。 長年、研究者は、ほとんどのノンコーディング領域には機能がないと考えていましたが、シーケンシング技術が発展し、詳細なデータが得られたことにより、これらの数十億塩基対のノンコーディングゲノムが重要であることが明らかになりました。しかし、ほとんどの細胞タスクを実行するタンパク質をコードしていないのであれば、ノンコーディングゲノムはいったい何をするのでしょうか?

ノンコーディングゲノム制御についての研究

タンパク質をコードする遺伝子がいつ活性化され、どれだけ転写されるかを制御する膨大なゲノムネットワークが存在することがわかっています。この制御ネットワークの変化は、タンパク質が生成されるタイミングと生成されるたんぱく質の量の両方に影響を与える可能性があります。また制御が混乱すると、健康機能に深刻な影響を与える場合があります。実は、ヒトの複雑な病気に関連するほとんどのゲノム変異体は、ノンコーディング領域で見られます。

考え得るノンコーディングのバリエーションと組み合わせの数は非常に多いので、研究は極めて困難です。そのため研究者は、多数のDNA塩基変異体の影響をすばやく調べることができる方法を開発中です。ジャクソン研究所(JAX)のAssistant Professorである Dr. ライアン・テューヒー は、ノンコーディングゲノム制御がどのように機能するか、また疾患におけるその多くの役割は何なのか、その両方を理解するために、ハイスループット分析を利用する取り組みを主導しています。 Nature Geneticsの最近の論文 「T細胞の制御要素の活性を混乱させる自己免疫疾患に関連する遺伝子変異の優先順位付け」では、Dr. テューヒーと共同研究者は、ヒトの自己免疫疾患に関連するノンコーディング変異体に焦点を当て、ラボにおいて調べたその影響を発表しています。

病気との関連から機能の阻害まで

Dr. テューヒーが率いるチーム、ベナロヤ研究所のDr. ジョン・レイ、マサチューセッツ工科大学とハーバード大学が共同運営するブロード研究所のDr. ニール・ハコヘンは、ヒトのゲノムワイド関連解析(Human GWAS: genome-wide association studies)から手を付け始めました。この解析は、疾患に対する感受性に関連するゲノム内の変異体の位置を特定するものです。GWASは良い出発点ではありますが、実際に原因となる変異体ごとに数十または数百の変異体が関係している可能性があるため、それらに優先順位を付けることが不可欠です。それらを特定する方法はいくつかありますが、いずれも制限があります。そのため研究チームは2つの方法を組み合わせて適用し、1型糖尿病、関節リウマチ、炎症性腸疾患などの自己免疫疾患に関連するGWASで特定された領域を解析しました。超並列レポーターアッセイ(MPRA: massively parallel reporter assays)は、遺伝子発現に影響を与える能力について変異体をテストします。一方、クロマチンアクセシビリティデータは、ゲノムのどの部分がタンパク質結合にアクセス可能なのか、遺伝子発現に関与している可能性が高いかを示します。

「MPRAとクロマチンのアクセシビリティデータはどちらも、実際に疾患に関連するGWAS変異体を絞り込むのに役立ちますが、それぞれ単体では十分な精度は得られません」とDr. テューヒーは述べています。「それらを組み合わせることで、実際に原因となる変異体の検出効率を60倍近く向上させ、複数の自己免疫疾患に関連する単一の変異体を特定することができました。」

研究チームが焦点を当てたrs72928038として知られる、ゲノムのノンコーディング領域に見られる変異体は、制御ネットワークの一部であることが示唆されていました。彼らはその変異体をin vitro(実験室での培養)で操作してヒトT細胞に導入することに成功しました。研究チームは、変異体が実際に免疫機能の中心であるT細胞内で、重要な遺伝子であるBACH2の発現に影響を及ぼしていることを発見しました。BACH2は、T細胞が様々な機能を持つ様々なサブクラスに分化する際の重要な制御因子ですが、変異体はその発現レベルを低下させました。

マウスの顕著な変化

免疫系とそれに関連する疾患は、多くの異なる細胞型の複雑な相互作用を伴う可能性があるため、研究者は、BACH2の制御因子が疾患の進行にどのように影響するかを理解するためのモデルシステムとしてマウスを使用しました。変異体を含む領域は、高度保存領域であり、ヒトとマウスで非常に類似しているため、研究者は、変異体の位置を含むゲノムに小さな欠失があるマウスを作成しました。そしてマウスでも、Bach2の発現が低下していることがわかりました。さらにマウスでの結果は、rs72928038変異体がナイーブT細胞の活性化を抑制するのに重要な役割を果たしていることを示しています。つまりT細胞は非常に早く活性化され、それは特定の病原体または非組織標的に向けられる前だということです。T細胞が患者自身の組織を攻撃する自己免疫疾患に、その変異体がなぜ関連しているのか、この発見により、その理由がわかる可能性があります。

「疾患に関連するノンコーディング変異体を研究するために作製されたマウスモデルは多くはありません」とDr. テューヒーは言います。「リスクがあります。というのも影響の程度が(ノンコーディング変異体が)単独では非常に少ないため、マウスの生理機能が変化しないからです。私たちが研究のために行った欠損は、Bach2遺伝子の発現を約20%しか減少させませんでしたが、幸いなことに、自己免疫表現型を生み出しました。この結果は、GWASによって特定されたヒトの疾患に関連するノンコーディング変異体の研究を進めるためにマウスモデルの活用を拡大するということに関して、その良い証拠となります。」

遺伝子変異とタンパク質機能障害に取り組むことは、多くの疾患の治療法を開発するうえで非常に重要なことですが、一般的に複雑な疾患のGWASデータの変異体の約90%はノンコーディングです。研究者はノンコーディング制御メカニズムを探求し始めたばかりであり、特定の変異体の機能的意義はほとんど知られていません。したがってこの研究は、ヒトのGWASデータと、疾患に関係するノンコーディング変異体の実験的探究との間のギャップの架け橋となるものであり、ゲノム研究における大いなる前進と言えるでしょう。

英語原文
https://www.jax.org/news-and-insights/2022/may/understanding-the-non-coding-genome

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