がん研究と腫瘍学を前進させる
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By Mark Wanner

がん患者の転帰の改善は、基本的な腫瘍生物学についての理解を広げることと、患者の最新の治療法へのアクセスを改善することにかかっています。

この10年は、がん研究と臨床腫瘍学の両方において刺激的な10年でした。遺伝的要因について評価される腫瘍が年々増加し、その多くは現在、精密治療の標的とすることが可能です。がん細胞が免疫系による検出と除去を回避するために乗っ取った免疫チェックポイントを今ではブロックできるようになり、免疫療法は多くのがんの標準治療となっています。死亡率は低下し続けており、少し前までは予後不良に直面していたはずの患者の多くが、現在ではがんを慢性疾患の一種として管理しています。

その成功は、フロリダ州オーランドで開催された2023年米国癌学会(AACR)年次総会で盛大に称賛されました。またそれよりは小規模ではありますが、その直前に開催されたMaine Cancer Genomics Initiative (MCGI)フォーラムでも称賛されました。ここでは、メイン州全土に精密腫瘍学をもたらしたMCGIの成功について紹介されました。しかし、どちらの会合でも、現状に満足する雰囲気はなく、講演者らは、やるべきことがいかに多く残っているかを十分に認めていました。

AACR 年次総会において、米国国立がん研究所の所長Dr. Monica Bertagnolli(モニカ・ベルタニョーリ)は、「現在私たちが手にしていることをさらに行うだけでは十分ではありません。ラストマイルを進むには、はるかに多くの努力が必要です。」と述べました。

ラストマイルとは何なのでしょうか? 一例を挙げてみます。新しい治療法は一部の患者には目覚ましい成功をもたらしますが、すべての患者で成功するわけではなく、ほとんどの患者で成功しないこともあります。複数のがん増殖経路を遮断する併用療法は、場合によっては一部のがんのみの再発を制限しますが、副作用が重篤になる可能性があります。特定のがんの中には、依然として治療が困難または不可能ながんがあります。そして、すべての患者が最善の治療を受けられるわけではありません。

では、がん研究はどのようにして腫瘍学の次の進歩の波をもたらし、このラストマイルを進み始めることができるのでしょうか? どうすればその進歩をできるだけ多くの患者に提供できるのでしょうか? つまりAACR年次総会のタイトルを借りて言えば、研究室と患者の生活の両方において、がん科学と医学の最前線を前進させているものは何なのかということです。

腫瘍生物学の教訓を受け入れる

標準的な化学療法と放射線療法は、急速に分裂する細胞を標的とすることで機能します。 これはすべてではないものの、ほとんどの悪性細胞を殺す大槌のようなアプローチであり、毛包細胞や消化管の内側を覆う細胞など、定期的に代謝回転する正常細胞も殺してしまいます。標的療法と免疫療法は、広範囲に適用される化学療法より効果的で、健康な細胞や組織に対する毒性が低い可能性があります。精密治療のオプションの有効性は依然としてばらつきがあり、効力も強いため、いまだに多くの患者に影響を及ぼしている副作用につながる重篤な毒性を伴います。状況を改善する鍵は、腫瘍生物学の細部にもう一度立ち返ることかもしれません。AACR年次総会のような大規模な会議にテーマがあるとすれば、おそらく私にとって今年の会議は、過去にあまり取り上げられなかったがんの分子的詳細や各個人の変異をこれまで以上に深く掘り下げることでした。

標準治療と同様に、がん研究も一般化する必要がありました。研究者は、体外で周囲の細胞や組織との相互作用を持たずに主にin vitroで培養されたがん細胞株に焦点を当てていました。彼らは、がん細胞が正常細胞とどのように異なるのか、また治療の際に標的となるものについては多くを学びましたが、腫瘍が発生し成長する動的環境についてはほとんど理解していませんでした。現在、研究能力の向上により、がんを細胞ごとに観察し、同じ腫瘍内であってもがんがどのように進化し、異なるサブポピュレーションを形成するかを確認できるようになりました。研究者は、患者の体内の腫瘍微小環境を調査し、免疫細胞を含む腫瘍周囲の「正常な」細胞が乗っ取られ、腫瘍の形成と成長を促進する過程を確認することができます。患者の細胞を観察し、マウスなどのモデル動物で細胞を操作できるようになったことで、腫瘍が獲得した防御機能を取り除く方法を研究することもできます。

患者の腫瘍微小環境とがん細胞を総合的に見るということにより、がんが人によって大きく異なるという事実が浮かび上がってきます。それぞれのがんの症例はある程度、固有のものです。各個人の治療法をカスタマイズすることはできませんが、治療に対する反応に影響を与える可能性のあるもの、つまり正常細胞のゲノミクス、マイクロバイオーム、免疫特性など、患者の明確な特徴を調べることは可能です。したがって、臨床腫瘍学をさらに改善する鍵は、がん細胞自体の増殖をより深く理解することにあると考えられます。AACR総会のセッションで明らかになったように、研究者は、腫瘍とその腫瘍環境との相互作用(治療反応を含みます)や、それががんの進行にどのように影響するかを調べることに熱心に取り組んでいます。これらの相互作用の動態を変えることは、がん細胞をより脆弱にする新しい方法を提供し、現在の治療の有効性を高めるだけでなく、新しい治療戦略を提供する可能性があります。

最良のがん治療へのアクセス

2つの学会で浮上したもう1つのテーマは、現在のがん治療とケアの進歩を、すべての患者が利用できるわけではないということでした。将来の臨床における進歩は、よりアクセスしやすくする必要があります。結局のところ、最終的に恩恵を受ける患者がほとんどいなかったら、がん研究の画期的な進歩は何の役にも立っていないことになるのではないでしょうか。メイン州は、高度な医療が広範囲に行き渡るよう、特に農村部の住民に重点を置いている試験地域であるため、 MCGIフォーラム ではこのことが特に懸念として取り上げられました。現在、メイン州のすべてのがん診療所はMCGIと連携し、州内の患者に、ゲノム腫瘍検査、ゲノム腫瘍機関への相談サービス、全国的臨床試験へのアクセスを提供しています。しかし、患者は広範囲に分散しており、収入も低い可能性があり、交通手段、費用、仕事の欠勤など、医療を受けるための条件が、依然として多くの人にとって障壁となっています。また、分子標的治療方針や免疫療法の複雑さについて知っている患者はほとんどいないため、教育と関与が引き続き重要であるにもかかわらず、現在のがん治療では見落とされている場合もあります。

MCGIは、最新のがん治療へのアクセスを拡大するために、従来より大規模な全国的(および国際的)取り組みのテストケースとしての役割を果たしています。そのデータには、精密腫瘍学に対する患者の視点と医師の視点が含まれており、精密腫瘍学に対する両者の理解と、その肯定的または否定的な見解が組み込まれています。このプログラムでは、地理的な状況、社会経済的な状況ならびに学歴などの要因が、患者の参加意欲にどのような影響を与えるかを研究しています。フォーラムでは、患者の視点と経験をプレシジョン・ケアに取り入れ、副作用と毒性(経済的毒性を含む)をより深く理解し、意思決定を共有することにより、患者に最良の転帰をもたらす方法に関するセッションが含まれていました。また他の講演者は、農村地域で臨床試験を実施する際の課題や、そのギャップの埋め方、物流的および経済的障壁がある患者の参加実現を高める方法について言及しました。

より良い転帰

がんの複雑さとヒト生物学の複雑さは、最善の治療を受けることを期待しているがん患者の日々の闘いからは遠く離れているように見えるかもしれませんが、両方とも腫瘍学の将来の成功において重要な役割を果たしています。研究者が現在持っているツールを活用すれば、今後10年間のがん治療は、過去10年間よりもさらに素晴らしいものになると私は期待しています。広範囲の患者に効果があるブロックバスター(超大型新薬)の登場は予定されていませんが、標的療法は、より多くのがんに対して効果が高まり、副作用も少なくなるでしょう。同じことが免疫療法にも当てはまります。研究者や臨床医が、がんを殺すのに十分な活性化と、過剰な活性化および毒性との不安定なバランスを微調整しているからです。しかしMCGIなどの取り組みも多くの点で同様に重要です。臨床医やその他の医療専門家が、最新の研究の進歩から最も恩恵を受ける可能性のある患者に、より良いアクセスと関与を提供する方法を学べるからです。どちらも患者の転帰を改善し、がん治療のラストマイルを進むために不可欠です。

著者: Mark Wanner
米国ジャクソン研究所Research Communications部門Associate DirectorのMark Wannerは、ジャクソン研究所の研究に関するコミュニケーションを統括しています。 サイエンスとコミュニケーション両方のバックグラウンドを持つMark Wannerは、さまざまな媒体で生物医学と臨床科学の問題を取り上げ、それらの情報を多くの視聴者層に発信するとともに、その問題について説明しています。

英語原文: Advancing cancer research and oncology

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