がんの原因となる MYC とその選択的スプライシングの関与を理解する
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【日本語版】

By Mark Wanner

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MYCがん遺伝子は、腫瘍形成を促進することが知られていますが、治療の標的とすることは依然として困難です。がんの選択的スプライシングの調節におけるこの遺伝子の役割は、Dr. Olga Anczukówによって深くプロファイルされています。このプロファイリングは、MYCに起因するがんに対する理解をさらに完全なものにしています。

複雑な生物

ヒトは約20,000 の遺伝子を有していますが、これは約31,000の遺伝子を有するDaphina pulex(ミジンコ) のような、いわゆる「原始的」な動物の多くと比べてはるかに少ない数です。それでは、遺伝物質が少ないのに、何故ヒトはこれほど複雑になることができるのでしょうか? 1つの答えが選択的スプライシングです。

スプライシングは、遺伝子から始まるタンパク質生成プロセスの一部です。設計図となる遺伝子のテンプレートはDNAで構成されています。そのDNAで、必要なコード領域 (エクソン) がタンパク質生成に不可欠な構築材料として、それ以外の領域には取り除く部分として目印が付けられます。これらの非コード領域 (イントロン) がテンプレート配列から取り除かれることで、タンパク質生成に使用される遺伝子メッセージを運ぶ成熟メッセンジャーRNAが生成されます。

選択的スプライシングと呼ばれるプロセスでは、エクソンのさまざまな組み合わせを選択して最終的に産生されるmRNAに含めることができます。このプロセスにより、長さや構造、そして最終的に機能が異なる複数のタンパク質を単一の遺伝子がコードできるようになり、細胞がタンパク質を生成するのに必要なすべての道具を同じ遺伝子コードから準備します。選択的スプライシングは、限られた遺伝子プールから非常に多様なタンパク質を生み出します。このプロセスは複雑で、スプライシング因子によって高度に制御されています。しかし、このプロセスは必ずしも順調に進むとは限らず、選択的スプライシングにエラーが生じると、がんの発症や進行などの障害や疾患につながる可能性があります。

がんの原因

MYCは、がんの原因として警戒されている多くの遺伝子の1つです。MYCはがん原遺伝子であるとされており、複数の種類のがんを促進する可能性があります。この遺伝子の本来の役割は、計画的な細胞死のプロセスを含め、細胞周期が円滑に進むようにタンパク質を生成することです。ただしスプライシング因子の制御などに関してMYCが機能不全に陥ると、それをきっかけに問題が広がっていく場合があります。

ジャクソン研究所 (JAX) のAssociate Professorの Dr. Olga Anczuków は、米国国立がん研究所 (NCI) の指定研究機関である JAXがんセンター の共同プログラムのリーダーです。彼女は選択的スプライシングとそのがんへの関与について研究しています。 Cell Reportsに掲載されNCI R01 助成金 によって資金提供された彼女の最新の研究で、Dr. Anczukówと彼女の研究室は、MYCが腫瘍の発症と進行に果たす役割を深く掘り下げました。彼女の研究結果は、33種類の腫瘍におけるMYCとスプライシングの変化との協力関係についての知見を提供しています。

共犯因子

それまでの研究で、MYCと協力してがんの発生を促進する可能性のある個々のスプライシング因子が特定されていましたが、Dr. Anczuków は、さらに踏み込んだ研究を行い、MYCが選択的スプライシングをどのように制御しているかについて、より包括的に理解することを目指しました。 The Cancer Genome Atlas (TCGA) の乳房腫瘍データから始めて、Dr. AnczukówとDr. Laura Urbanski(UConn Healthの大学院生)は、MYCが高発現している腫瘍における選択的スプライシングの状況を評価しました。彼女たちは、MYC高発現腫瘍が独特のスプライシングのパターンを示すことを発見するとともに、スプライシング因子モジュールというスプライシング因子のグループが、MYCが過剰に発現している乳房腫瘍で非常に高いレベルで同時に発現していることを認めました。

あらゆる腫瘍でのスプライシングの検討

研究チームは、乳がん以外にも検討の範囲を広げ、さまざまな種類の腫瘍でMYCと関連しているスプライシング因子がある一方で、非常に限られた種類の腫瘍でのみ関連している因子もあることを発見しました。ただし、あるスプライシング因子のグループ(具体的にはSRSF2SRSF3、およびSRSF7)は、検討したMYC高発現ヒトがん33種類すべてで共発現していました。過去の研究においてさまざまな腫瘍で認められていたように、個々のスプライシング因子は、過剰に発現した場合であっても単独でがんを発症させることはないと思われました。この結果は、腫瘍の形成と維持に関与するには、3 つのスプライシング因子が同時に発現する必要があることを示唆しています。Dr. AnczukówとDr. Urbanski はさらに、このがん種横断的モジュールに含まれる3つのスプライシング因子をすべて発現させると、乳がんの3次元細胞培養モデルでMYCが制御する選択的スプライシングに影響を与えること、またこの発現が、がん細胞の増殖と浸潤に必要であることを示しました。

これに加えて、この研究では、すべてのヒトのがん種のMYC高発現腫瘍で検出されたがん種横断的なスプライシングのパターンを発見しました。このパターンは、さまざまな種類の腫瘍で患者の生存と相関しており、予後を予測し、スプライシング調節療法が有用となる可能性が高い患者を特定するために使用できるMYC発現状況に関するがん種横断的な腫瘍の分類を提供します。

次のステップ

MYCは主に核内に存在し、特異性の高い結合部位を持っていないため、治療のためにモノクローナル抗体や低分子で阻害することは困難です。したがって、選択的スプライシングなどのMYCに関連するプロセスをターゲットにすることが、効果的な次善策となる可能性があります。すでに、スプライシング因子を直接阻害する方法、その安定性を破壊する方法や、より大きな機構であるMYC高発現腫瘍のスプライシングを標的にする方法の研究が進められていますが、スプライシング因子である遺伝子が発がんプロセスにどのように関与しているかはまだ明らかになっていません。しかしDr. Anczuków の論文が示すように、個々のスプライシング因子を標的にするだけでは十分ではなく、代わりに、連携して関与するスプライシング因子を破壊することが必要な可能性があります。したがって、スプライシングを標的とする治療法を臨床で実施する際は、その一環としてMYCが制御する選択的スプライシングを評価することが重要であると考えられます。

英語原文 https://www.jax.org/news-and-insights/2022/November/understanding-cancer-causing-myc-and-its-alternative-splicing-accomplices

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