命に関わる病気を定義する
Research Highlight
【日本語版】

By Sophia Anderson

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PCで作業中のDr.キャロル・ブルト(2016年撮影)写真提供:マリー・チャオ

新規の肺がん症例が日々報告されているなか、Dr.キャロル・ブルトが率いる研究チームは、患者由来の異種移植 (PDX) マウスを用いて非小細胞肺がん研究を進展させるための基盤を築き上げました。

肺がんの定義

治療が最も困難ながんの1つである肺がんの5年生存率は依然として低く、18.6%程度にとどまっています。肺がんは小細胞肺がんと非小細胞肺がんの2種類に分類され、主に高齢者が罹患し、平均発症年齢は70歳です。

患者に適切な診断を下し、適切な治療を施すには、患者の肺がんを定義することが重要です。非小細胞がん (NSCLC) は2種類の肺がんの中でより一般的ですが、変異レベルが高く、ゲノムが複雑であるため、その発症と進行の正確な原因を特定することは困難です。NSCLCの2つの主要なサブタイプである腺癌と扁平上皮癌には、特有のゲノム変化、経路の乱れ、免疫宿主応答がみられ、広範な研究が行われているものの、さらなる研究が必要な未知のメカニズムが依然として多数存在します。

NSCLC研究のプラットフォームを提供

肺がん研究を前進させることを目標に、ジャクソン研究所 (JAX) の Dr.キャロル・ブルト と、JAX 計算科学部門のアソシエイト・ディレクターである Dr.アヌジュ・スリヴァスターヴァ およびシンガポールのバイオインフォマティクス研究所 (A*STAR) で研究データ統合の責任者兼上級主任研究員を務めるDr.シン・イー・ウーからなる研究チームは、カリフォルニア大学総合がんセンターおよびノーザン・ライト・イースタン・メイン・メディカル センターと協力して、肺がん患者由来の異種移植片 (PDX) のリポジトリを確立しました。

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JAX Associate Director,
Computational Sciences Anuj Srivastava, Ph.D.
JAX 計算科学部門のアソシエイト・ディレクター
Dr.アヌジュ・スリヴァスターヴァ

肺がん患者の腫瘍細胞を移植適合マウスに導入して作成されたPDXモデルは、疾患のメカニズムをより深く理解し、種々の治療プロトコルに対する腫瘍の反応を評価するために不可欠です。PDXモデルの最も有益な機能の1つは、細胞間の遺伝的差異を含む、患者の腫瘍の重要な生物学的特性を保持していることです。JAXリポジトリは、79 の主にNSCLCに由来するPDXモデルとそれに付随するゲノムデータ、また多くの場合、 ジャクソン研究所が運営する Mouse Models of Human Cancer(ヒトのがん研究用のマウスモデル)データベースで自由に閲覧可能な治療効果に関するデータで構成されています。

「当社のPDXモデルに関するデータを自由に閲覧できるようにすることで、オープンサイエンスをサポートし、他の研究グループが治療効果を予測するためのバイオマーカーのデータを探求すること、また次世代のがん治療の新しい標的を特定することを可能にします」と Dr.ブルトは述べています。

米国癌学会の機関誌 Cancer Researchに掲載された 「A Genomically and Clinically Annotated Patient-Derived Xenograft (PDX) Resource for Preclinical Research in Non-Small Cell Lung Cancer (非小細胞肺癌における前臨床研究のためのゲノム的および臨床的な注釈付けを行った患者由来異種移植片(PDX)リソース)」に詳述されているとおり、NSCLCモデルはジャクソン研究所からも入手可能です。研究者は、患者の腫瘍で観察されたものと同じ腫瘍の形態、変異、発現遺伝子、およびコピー数の変化を伴う肺がんモデルを利用することができます。

「このPDXリソースを構築したことにより、多様な専門知識を持つ研究者がどのように協力してNSCLCのトランスレーショナルリサーチを推進できるかが示されました。このリソースは、各PDXモデルに完全な注釈付けと特徴付けを行うことで有用なものとなります」とDr.ウーは述べています。

新しい標的治療のトリガー

残念なことに、NSCLC細胞は多くの場合、標的治療に対し耐性を示すようになります。Dr.ブルトと研究チームは、一般的ながん治療薬であるチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) に対するがんの耐性を克服することに重点を置いて、PDXリポジトリを構築しました。TKIは、特定の種類のがん細胞を識別して攻撃することを目的とする標的療法薬の一種です。TKIは特定の異常なタンパク質を標的とすることを目的としているため、放射線や化学療法よりも正常細胞への損傷が少なく、がんの治療薬として推奨されています。

TKIの登場により、がん治療は一歩前進しましたが、TKIは万能薬ではありません。NSCLC患者の場合、TKIなどの標的治療薬は一様に有効というわけではありません。さまざまな形態の治療抵抗性を理解できるようにするために、PDXアーカイブには、遺伝子発現および突然変異の研究データが保存されています。この研究データは、TKIなどの標的治療薬がNSCLC腫瘍で機能するのを妨げる要因となる特定のゲノム特性について理解するのに有用です。

「がん研究コミュニティは、臨床試験における薬剤候補の開発を促進するために、薬剤の有効性の予測、治療が奏効する患者の特定、バイオマーカーの発見に利用できるPDXのような前臨床リソースを必要としています」とDr. スリヴァスターヴァは述べています。

英語原文 https://www.jax.org/news-and-insights/2022/October/defining-a-deadly-disease

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