前臨床研究における再現性の向上:デジタル革命が描き出すより良い科学の姿
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カテゴリー:その他

前臨床研究における再現性の危機

バイオメディカル・イノベーションの基盤である前臨床研究は、「再現性の危機」に直面しています。研究室間で同じ実験結果を再現できないケースが増加しており、研究結果の信頼性が揺らぎ、その成果をヒトの健康に応用することが困難になっています。

この再現性の危機は、本来であれば防ぐことができるさまざまな要因に起因しています。具体的には、過度な標準化、試験計画の不備や検出力の不足、そして見落とされがちな環境条件の違いなどが挙げられます。

実験に人間が関与する場合、特に日中に研究が行われると、さらなる変動が生じます。これは、マウスのような夜行性動物にとって自然な生活リズムが乱されることにつながります。

これらの課題は、技術的な問題だけではなく、より深刻な体系的な問題です。前臨床研究で得られた結果が確実に再現されなければ、トランスレーショナル・パイプライン全体が損なわれることになります。その結果、効果的な治療法の開発が遅れたり、場合によっては頓挫したりする可能性があります。科学者たちは、新たなイノベーションを積極的に取り入れることで、試験計画を洗練させ、不要な再現実験を減らし、最終的には従来の手法にとって代わることができます。これにより、動物の適切な使用が確保され、前臨床研究への信頼が回復するとともに、「3R(削減、代替、洗練)」の理念がより効果的に推進されます。

 

新しいパラダイム:デジタル・ホームケージ・モニタリング

より信頼性が高く倫理的な研究を行うために、科学者たちは「デジタル・ホームケージ・モニタリング」に注目しています。これは、動物を自然に近い環境下で継続的かつ非侵襲的に観察することを可能にする革新的なアプローチです。この手法は、人間の介入を最小限に抑えることで、動物の自然な行動を妨げることなく、豊富な行動データや生理学的データを取得できます。さらに、自動化された、バイアスの生じない測定により統計学的検出力も向上します。

この分野の進歩を後押ししている取り組みのひとつが、ジャクソン研究所が主導する共同イニシアチブである Digital In Vivo Alliance (DIVA) です。DIVAは、薬理学者、獣医師、機械学習の専門家、データサイエンティストが結集し、デジタル計測技術の臨床的検証に取り組んでいます。この共同臨床検証研究は、特定の使用状況における生物学的意義を実証し、広範に導入した際に発生する主要な課題に対処するとともに、基礎研究や医薬品開発における重要な意思決定を支援し、研究の再現性や前臨床モデルの臨床への応用性を向上させるために、デジタル計測をどのように活用できるかについての理解を深めることを目指しています。

この取り組みの基盤技術である JAX Envision™ platform は、マウスのホームケージ環境における行動と生理機能を評価するために設計された、先進的なデジタルin vivoモニタリングシステムです。コンピュータービジョンと機械学習技術を活用することで、リアルタイムの非侵襲的なトラッキングを実現します。Envisionは、群飼育環境における個々の動物のスケーラブルなモニタリングを提供し、研究室間での試験計画書の整合性を保ち、作業者による評価のばらつきを抑え、長期的なデータ収集をサポートします。同時に、動物へのストレスを軽減し、研究における変動に対する評価精度の向上にも寄与します。

研究者たちは、実験の立案・計画・報告の厳格化を進めるためのガイドラインであるPREPARE(Planning Research and Experimental Procedures on Animals: Recommendations for Excellence)やARRIVE(Animal Research: Reporting of In Vivo Experiments)などの枠組みを適用して、研究の再現性を向上させようと努めています。Envision™のようなデジタル・ホームケージ・モニタリング技術は、これらの枠組みに準拠しているだけでなく、それらを実際の研究現場で運用可能することで、最高水準の科学的完全性と再現性を満たすことを可能にします。この技術は、人々の健康に関する研究により質の高い情報をもたらす、実用的でスケーラブルな方法を研究者に提供します。

 

ケーススタディ: 研究施設間での再現性の向上

DIVAの「動物の健康・飼育・福祉フォーカスグループ」による最近の取り組みは、デジタル・モニタリングがいかに再現性を向上させることができるかを示す説得力のある例を示しています。この研究は、試験計画書が標準化されているにもかかわらず、マウスの行動研究において研究施設間で大きなばらつきがあることを明らかにしたCrabbe et al.(1999)の画期的な研究結果に着想を得ており、3つの研究施設におけるげっ歯類の行動のばらつきの原因を分析することを目的としていました。

研究者たちは、継続的なデータ収集とバイアスのないデジタル測定を組み合わせることで、研究施設間の再現性が向上し、変動をより正確に理解できるようになると仮説を立てました。

本研究では、3種類の遺伝的背景(C57BL/6J、A/J、J:ARC)を持つ雄および雌のマウスを、全施設において標準化された条件下で飼育しました。9週間にわたる再現性試験の期間中、24,758時間(2.82年)分に相当するマウスの動画が撮影され、73,504時間(8.39年)分に及ぶマウスの行動データが記録されました。

24時間にわたるデータを集計した結果、遺伝子型が支配的な要因として浮上し、変動の80%以上の原因となっていました。これは非常に重要な点です。なぜなら、研究者が野生型と変異型を比較する際、遺伝子型がグループ間の主な違いとなるからです。この結果は、長期間(10日以上)のモニタリングがノイズを除去し、意味のある生物学的シグナルを明らかにする力を持つことを浮き彫りにしています(Saul et al., 2025)。

さらに分析を進めたところ、時間帯が再現性に大きな影響を与えることが明らかになりました。遺伝的影響は、動物の活動性が自然に高まり、研究者が不在である早朝の暗い時間帯に最も顕著に検出されました。対照的に、技術的なノイズは、研究者がいつもデータを収集している時間帯である通常の作業時間中に顕著でした。この研究は、継続的なモニタリングがモデル特性の改善にどのように役立つかについての知見を提供しています。特に、日中に実施された短期間の研究では、再現可能な結果を得るために必要なサンプルサイズがかなり多くなることが確認されました。最も重要なことは、長期間の研究では、同等の信頼性を得るために必要な動物の数が大幅に少なくなるという点です(Saul et al., 2025)。このように、Envision™は動物の使用削減に直接的に影響し、3Rの効果を実現します。

 

将来を見据えて:より信頼を高める未来

このケーススタディは、ジャクソン研究所が開発したEnvision™のようなデジタル・ホームケージ・モニタリング技術が単なるツールではなく、動物を使用した研究へのアプローチを根本的に変えるものであることを示しています。デジタル・ホームケージ・モニタリングの主要なプラットフォームであるEnvision™は、動物の飼育環境において、継続的かつバイアスのないデータ収集を可能にします。これにより、研究者は人間の介入や動物へのストレスを最小限に抑えながら、より正確な行動データと生理学的データを取得することができます。

このケーススタディでは、Envision™が、動物実験の質と再現性を向上させるための2つの重要な枠組みであるPREPAREおよびARRIVEガイドラインの目標とシームレスに整合していることも強調されています。

Envision™は、試験の初期段階で問題を特定し、軽減するためのリアルタイムかつ自動化されたモニタリングを提供します。これは、環境管理、動物福祉への配慮、緊急時の対応などを含む包括的な計画を重視するPREPAREガイドラインに直接対応しています。

さらに、Envision™は、微小環境パラメータや介入のタイミングなどの実験条件を記録する、構造化された高解像度データセットを生成し、包括的なデジタル監査証跡を作成します。この機能は、研究計画の透明性と再現性を高め、ARRIVEガイドラインが重視する、「研究室内および研究室間での知見を信頼性高く解釈・再現できるようにするための、完全かつ正確な報告」を直接的にサポートします。

前述のDigital In Vivo Alliance(DIVA)研究は、製薬企業3社の協力のもとで実施したもので、このアプローチの有効性を際立たせています。継続的なデジタル・ホームケージによる表現型解析を用いて、研究者たちは、遺伝子型による行動の違いが研究室間で非常に高い再現性をもって観察されることを発見しました。さらに研究期間が長くなると(約10日以上)、実験ノイズが大幅に減少し、再現性が向上し、再現可能な効果を検出するために必要な動物数も減少しました。これらの知見は、デジタルによる表現型解析が、再現性を向上させ、変動を減らすことにより、試験計画が改善され、動物をより賢明に活用することにつながり、前臨床研究の洗練化に貢献する可能性を強調しています。

これらのベストプラクティスの枠組みと組み合わせることで、Envision™はより信頼性の高い科学のための強力な基盤を形成します。最先端のデジタル・モニタリングと厳格な試験計画・報告基準を統合することで、研究コミュニティは再現性に対する体系的な障壁を克服することができます。そして最も重要なのは、これらのイノベーションが前臨床研究の信頼性を高めるだけでなく、得られた研究結果を人々の健康に資する有効な治療法へと応用するスピードを加速させることです。

 

References

  1. Digital In Vivo Alliance (DIVA).
  2. Envision Platform.
  3. PREPARE Guidelines. Norecopa.
  4. ARRIVE Guidelines. NC3Rs.
  5. Saul, MC, Bratcher-Petersen, N, Ruidiaz, M, Oberhauser, P, Philip, V, Bolin, S, Gaskill BN, Madden, A, & TL Roberston (2025). Long-Duration Digital Home Cage Phenotyping Reduces Noise and Greatly Enhances Replication. [Manuscript in preparation].
  6. Crabbe, J. C., Wahlsten, D., & Dudek, B. C. (1999). Genetics of mouse behavior: Interactions with laboratory environment. Science, 284(5420), 1670–1672.
    https://doi.org/10.1126/science.284.5420.1670

 

英語原文: Fostering Replicability in Preclinical Research | Jackson Laboratory

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