冴えた脳か、それともぼんやりとして忘れっぽい脳か?
Research Highlight

By Mark Wanner

加齢に伴う人間の認知機能のさまざまな低下を反映するマウス系統

加齢は多くの変化をもたらしますが、認知機能の低下もその一つです。しかし、そのような衰えがほとんどみられず、生涯を通して知的機能が高く保たれる人もいる一方で、顕著な衰えがみられる人もいます。それでは、このような機能低下が生じる時に私たちの脳では何が起こっているのでしょうか? また、アルツハイマー病やその他の認知症などの基礎疾患がない場合でも、なぜこれほど個人差があるのでしょうか?

この両方の疑問の答えをみつけるために、ジャクソン研究所Assistant ProfessorのDr. Erik Bloss (エリック・ブロス)、ProfessorのDr. Gareth Howell (ギャレス・ハウエル)、predoctoral associateのSarah Heuer(サラ・ホイヤー)率いる研究チームは、マウスのニューロンとシナプスにおける加齢の影響を調べました。彼らは、加齢に伴う認知機能低下の影響を受けやすく、これまでに多くの研究で用いられてきたC57BL/6J(B6)という系統だけではなく、遺伝的に異なる野生由来のマウス系統であるPWK/PhJ(PWK)も検討に用いました。B6とは異なり、PWKマウスは、アルツハイマー病に関連する遺伝子変異を持っている場合でも、認知機能の低下に対して回復力があることが明らかになりました。 Aging Cell誌 に掲載された「Genetic context drives age-related disparities in synaptic maintenance and structure across cortical and hippocampal neuronal circuits(皮質および海馬神経回路全体のシナプス維持と構造において、遺伝的背景が加齢に伴う差異の原因となる)」で発表された結果は、PWKマウスがB6マウスと比較して、加齢に伴う正常なシナプス喪失にも耐性があることを示しています。この研究結果は、認知機能低下の根底にあるもの、そして場合によっては、認知機能の点でより良い加齢を目指す方法についての興味深い手がかりを提供しています。

神経回路を形成するシナプス

マウスゲノムの約30億個の塩基対の大部分は系統間で同じですが、B6マウスとPWKマウスの間では約2,000万個の違い(一塩基変異多型、構造変異など)が確認されています。最近の研究では、その違いが、 新型コロナウイルス感染症への反応 や、前述した認知機能低下に対する感受性や耐性など、特定の形質の重要な差異につながることが示されています。そのため研究チームはウイルス標識法を使用して、両方の系統の老化に関連したシナプス喪失を調べました。加齢特性は脳の領域によって異なることがわかっているため、彼らは2つの異なる神経回路を調査しました。1つは海馬領域CA1と前頭前皮質(CA1-to-PFC)を繋ぐ神経回路で、もう1つはPFCと結合核(PFC-to-RE)を繋ぐ神経回路です。

(左から右へ) ジャクソン研究所のエリック・ブロス、サラ・ホイヤー、ギャレス・ハウエル

シナプスは神経系におけるコミュニケーションの場です。シナプスがニューロン間の生化学信号と電気信号を統合することで、神経回路による計算が実行されます。また可塑性があるため、経験に応じて変化します。シナプスは、多くの種類の神経細胞の表面に樹状突起スパインとして存在しており、視覚的に容易に認識でき、シナプスの強度の尺度となる数と密度を評価できます。そこで研究チームは、若齢(4~7か月)、中齢(11~17か月)、高齢(22~30か月)の3つの月齢時点で上記の2つの神経回路のシナプスを評価しました。

CA1-PFC神経回路は、B6マウスとPWKマウスで類似しており、どちらの系統でもニューロンのスパイン密度は加齢にかかわらず一定していました。しかし、詳しく調べてみると、PWKマウスの樹状突起スパインはB6マウスの樹状突起スパインと比べて相対的に動的であり、年齢に応じたリモデリングが行われていることがわかりました。PFCとREを繋ぐ神経回路については、B6マウスでは樹状突起スパインの密度が年齢とともに大幅に低下しましたが、PWKマウスでは大幅な低下は見られませんでした。これは、PWK系統の方が加齢の影響に対する回復力が大きいことを示しています。また、B6マウスの残りの樹状突起スパイン構造には変化がありませんでしたが、PWKマウスの樹状突起スパイン構造はより動的であり、電気信号の伝達効率を高めると予測される形状に変化していました。このような加齢に伴うシナプスの適応が、加齢に伴う認知機能低下に対するこの系統の耐性の根底にある可能性があります。

健康的な認知的加齢?

この研究は、検討すべき興味深い次のステップを示しています。B6マウスにおけるシナプスの経時的喪失の根底にはどのような細胞および分子メカニズムがあるのでしょうか? またPWKマウスにおける加齢とともにシナプスの効率を高める適応を、何によって促進されているのでしょうか? その答えは、高齢者のシナプスを保持力と強度を向上させるための予防および治療の標的を明らかにする可能性があります。また、アルツハイマー病やその他の認知症にかかりやすい人の回復力を高める可能性もあります。

著者: Mark Wanner
米国ジャクソン研究所Research Communications部門Associate DirectorのMark Wannerは、ジャクソン研究所の研究に関するコミュニケーションを統括しています。 サイエンスとコミュニケーション両方のバックグラウンドを持つMark Wannerは、さまざまな媒体で生物医学と臨床科学の問題を取り上げ、それらの情報を多くの視聴者層に発信するとともに、その問題について説明しています。

英語原文: New aging research from JAX's Erik Bloss and Gareth Howell

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