重度の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は免疫系反応を長期的に変化させる可能性がある
Research Highlight
カテゴリー:感染症
By Mark Wanner
ワイルコーネル医学大学とジャクソン研究所の研究チームによる新たな研究によると、重度の新型コロナウイルス感染症は、免疫系幹細胞の遺伝子発現に影響を与える変化を引き起こし、体の免疫反応に長期にわたる変化を引き起こすことがわかりました。この発見は、新型コロナウイルス感染症に罹患した人々の長期にわたる炎症と後遺症(long COVID)を説明するのに役立つかもしれません。
ワイルコーネル医科大学の病理学および臨床検査医学の准教授であるDr. Steven Josefowicz(スティーブン・ジョセフォウィッツ)と、ジャクソンゲノム医学研究所のAssociate Professorである Dr. Duygu Ucar (ドゥユグ・ウカル)が率いる研究チームは、2023年8月18日発行のCellに「 Epigenetic Memory of COVID-19 in Innate Immune Cells and Their Progenitors (自然免疫細胞とその前駆細胞における新型コロナウイルス感染症のエピジェネティック記憶)」を発表しました。この研究のために、研究チームは、CD34+造血幹細胞および前駆細胞という、ヒトの血液中に見出される希少な幹細胞を単離および分析する新しい技術を開発しました。
エピジェネティック・ランドスケープを調べる
研究チームは、そうした細胞を重度の新型コロナウイルス感染症から回復した患者から採取して、エピジェネティック・ランドスケープと総称される、DNAの収納および凝縮の変化を調べました。これらのエピジェネティックな変化は、ともに成熟免疫細胞である幹細胞とその子孫細胞の両方で遺伝子が発現する確率または程度を決定します。研究チームは、患者の幹細胞がよりアクセスしやすいDNAを獲得し、それによって遺伝子、特に炎症を引き起こす遺伝子や、細胞が炎症性細胞に成長するかどうかを決定する遺伝子の活性化を可能にすることを発見しました。これらの幹細胞から生じる成熟免疫細胞も、将来的に病原体と遭遇した場合の感受性が高くなっていました。
「すべての免疫細胞とすべての血液細胞は造血幹細胞から生じます。私たちは、造血幹細胞がエピジェネティックな『記憶』を子孫の免疫細胞に伝え、それらの細胞の炎症プログラムを変化させることができることを発見しました。『記憶』を受け継いだ免疫細胞は、別の病原体に遭遇した時、同程度の炎症を経験していない前駆細胞から生じた免疫細胞とは異なる反応を示すのです。」とDr.ジョセフォウィッチは言います。
新型コロナウイルスなどのウイルスに曝露されると、病気と戦うために適応免疫細胞が反応する(たとえば、抗体を産生するなど)ことはよく知られています。最終的には過去の感染の「記憶」を形成し、将来、同じウイルスに感染した時に、より迅速かつ効果的に認識し、戦うことができます。しかし、抗体産生細胞が活性化されるよりも早く、最初に感染に反応する別の細胞グループである自然免疫細胞の免疫記憶については、まだ解明が始まったばかりです。このプロセスは、造血幹細胞のエピジェネティックな変化によって起こると考えられています。
造血幹細胞を研究するための新しいアプローチ
骨髄に最も豊富に存在する造血幹細胞に関する研究は、そのプロファイリングに必要とされる技術にコストがかかり侵襲性があるため制限されてきました。しかし研究チームは、血液中を循環する造血幹細胞を単離、濃縮、研究するための新しいアプローチを用いて、これらの造血幹細胞と前駆細胞(循環末梢血単核細胞全体の0.05パーセント)が骨髄に存在する造血幹細胞の細胞多様性を完全に反映していることを実証しました。この発見により、感染やワクチン接種の際に幹細胞がどのような影響を受けるかを、単純な採血によって、単一細胞解像度で研究する扉が開かれました。
ジョセフォウィッツ研究室の博士研究員であり、ワイルコーネル医学大学の免疫学および病原微生物学の大学院プログラムを卒業したばかりの筆頭著者であるDr. Jin-Gyu Cheong(ジンギュ・チョン)を含むチームは、この技術を応用して、新型コロナウイルスへの重症感染が、ヒト造血幹細胞のエピジェネティックな状態にどのような影響を与えるのか、そしてこの変化が将来の免疫応答にどのような影響を与えるのかを詳細に明らかにました。研究チームは、エピジェネティックな変化が長期間にわたり持続することを認めました。患者たちは数カ月前に回復していたにもかかわらず、患者の幹細胞には依然として新型コロナウイルス感染症のエピジェネティックな兆候が残っていたのです。
研究チームは幹細胞の観察に加えて、幹細胞から数日ごとに新たに生成され、自然免疫応答に関与する白血球の一種である単球についても調べました。彼らは、これらの細胞が重篤な新型コロナウイルス感染症の発症から1年後まで、異なるエピジェネティックなプログラミングを行っていることを発見しました。変化には、これらの免疫細胞が刺激に対して過剰に反応するようになる変化が含まれていました。
幹細胞にフォーカスする
次に、研究チームは幹細胞そのものを詳しく調べました。彼らは、新型コロナウイルス感染後に、幹細胞の転写因子プログラミングが変化し、感染に対して最初に応答する骨髄系血液細胞を生成しやすくなったことを発見しました。
「新型コロナウイルス感染症が、幹細胞や前駆細胞だけでなく、その子孫細胞の成熟自然免疫細胞にもこのような強力なエピジェネティックな変化を誘発することは興味深いことです。この変化は数カ月間持続し、将来の免疫の脅威に対する自然免疫応答を変化させる可能性があります。感染症に関連するエピジェネティックな記憶を理解することは、新型コロナウイルス感染症のような特定の疾患がどのようにして健康への長期的影響をもたらすのかを理解する手段になるかもしれません。また感染時、さらにはワクチン接種時の免疫状態をエピジェネティックレベルで評価する機会も提供してくれます。」とDr.ウカルは語っています。
研究チームはまた、一部の患者が他の患者よりも多くのエピジェネティックな変化を起こした理由を説明できる変数にも注目しました。彼らは、よく知られた炎症分子であるIL6を阻害する治療を急性期に受けた新型コロナウイルス感染症患者では、1年後に免疫記憶に重大な変化が見られる割合が低いことを発見しました。研究チームは、IL6などの感染時点での因子が幹細胞の長期にわたる変化をどのようにプログラムしているかを引き続き検討しています。
血液幹細胞研究への挑戦をスタート
造血幹細胞のサブタイプは骨髄よりも血液中でアクセスしやすいため、研究チームは、次の段階として、この新しいプラットフォームを使用して研究することに興味を持っています。この研究は、造血幹細胞がさまざまな疾患によってどのような影響を受けるか、また治療によってどのような影響を受けるかを解明する一助となります。
「ヒトの病気に関連して造血幹細胞がどのように反応するかを研究することは、ちょっとしたブラックボックスのようなものでした。骨髄にある造血幹細胞にアクセスするのは非常に難しいからです。簡単な採血から血液幹細胞の可塑性を研究するこのワークフローで、研究はいよいよ本番を迎えます。」とDr.ジョセフォウィッツは語っています。
著者:
Mark Wanner
米国ジャクソン研究所Research Communications部門Associate DirectorのMark Wannerは、ジャクソン研究所の研究に関するコミュニケーションを統括しています。 サイエンスとコミュニケーション両方のバックグラウンドを持つMark Wannerは、さまざまな媒体で生物医学と臨床科学の問題を取り上げ、それらの情報を多くの視聴者層に発信するとともに、その問題について説明しています。
英語原文: Severe COVID-19 can alter long-term immune system response