がんと戦う免疫系の特殊な力を鍛えなおす
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By Sophia Anderson

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免疫療法における新たな戦術を用いることで、Dr. Derya Unutmazと彼のチームは、標準的なCAR-T細胞療法の課題を克服する能力を備えた、通常とは異なる免疫細胞であるヒト粘膜関連T細胞の作製に成功しました。

私たちの血液中の大隊

T細胞は免疫系における兵士です。この白血球は、感染を防ぐために、免疫系が外部からの侵入細胞に対して開始する攻撃を指揮します。私たちの骨髄の組み立てラインで作られた未熟なT細胞は、まだ未分化の状態です。そこから、基本モデルのT細胞が胸腺の「ブートキャンプ(新入隊員の訓練プログラム)」に移動します。ここで、分化することでヘルパーT細胞、制御性T細胞、メモリーT細胞、または細胞傷害性T細胞などの役割が割り当てられます。割り当てが決まったT細胞は、末梢血に分散して外部からの侵入に備えて体をパトロールする準備が整います。

がん撲滅のための作戦

過去数十年の間に、研究者は、感染を強力に排除するT細胞の能力を、がんとの闘いに利用することを実現しました。患者の骨髄から抽出されたT細胞に、がん細胞内に現れる分子(免疫系に標的にされた場合に抗原となる)を認識することができるキメラ抗原受容体(CAR)というものを追加することで、T細胞の遺伝子を改変(教育)します。抗原は通常、免疫系のレーダーを回避しますが、CAR-T細胞は、患者の血液に戻されると、抗原を認識して攻撃するように設計されています。CAR-T細胞療法は米国食品医薬品局(FDA)の承認を取得しており、白血病、リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液がんにおいて期待の持てる治療成績が認められています。

CAR-T細胞は精密医療における最大の進歩の1つですが、より多くの患者の皆さんにCAR-T療法を活用するには課題があります。各個人のT細胞を使用するのは費用がかかり、市販の製品として簡単に利用することもできません。患者は、神経毒性やアナフィラキシーなどの有害な免疫反応を起こす可能性があります。また、血液疾患と比較した場合、固形腫瘍に対する有効率は依然として低いです。しかし、これらの問題に対する答えは、私たちの免疫系の細胞にまだ存在している可能性があります。

人体本来の防衛軍を活用する

10月のJournal of Immunologyにおいて、ジャクソン研究所(JAX)のProfessorである Dr. Derya Unutmaz による、非定型T細胞を新しい種類のCAR-T細胞療法に発展させる研究が特集されました。「 Engineering Human Mucosal-Associated Invariant T (MAIT) cells with Chimeric Antigen Receptors for Cancer Immunotherapy [キメラ抗原受容体を用いたヒト粘膜関連インバリアントT(MAIT)細胞のがん免疫療法への活用]」で詳述されているように、Dr. Unutmazと彼のチームは、通常はT細胞に存在する組織であるMAIT細胞に、リンパ腫と乳がん細胞の両方の大元を攻撃する能力を持たせることに初めて成功しました。その進歩により、この論文は、Journal of ImmunologyのTop Readに選ばれました。

Dr. Unutmazは、CAR-T細胞の作製に使用するCARをこの組織に留まる細胞に装備して、いわば「スーパー兵士」であるMAIT細胞を開発しました。CAR-MAIT細胞と名付けられたこの細胞は、抗CD19または抗Her2のいずれかを発現します。こうした特徴を持つCAR-MAIT細胞は、B細胞リンパ腫でCD19を発現している細胞、または乳がんでHer2を発現している腫瘍細胞を探し出します。Dr. Unutmazの研究は、MAIT細胞が、がん細胞、特に固形腫瘍を排除する免疫療法となる大きな可能性を秘めていることを証明しています。

他の免疫細胞と同様に、MAIT細胞は細菌やウイルス感染に対する免疫に寄与しますが、組織内に多く存在するため、腫瘍微小環境に対する生来の親和性を持っています。MAIT細胞のほとんどは組織に存在するため、利用しやすく、増殖性があり、組織環境に完全に配置されているため、乳がんなどの固形腫瘍を形成するがんに対してすぐに利用できる治療法の候補として適しています。

実際、CAR-T細胞療法の大きな問題の1つは、患者自身の細胞を使用する必要があるということです。他の人から治療に用いる細胞を導入すると、移植片対宿主病と呼ばれる、患者自身の健康な細胞に対する望ましくない攻撃を開始する可能性があります。移植片対宿主病は、MHCと呼ばれるT細胞に抗原を提示する分子によって引き起こされます。この分子には、それぞれの人ごとに若干の違いがあります(一卵性双生児を除く)。MAIT細胞はこの古典的なMHC分子を認識しない(必要としない)ため、がんを治療しようとしている細胞を攻撃するという問題は生じません。1人の健康な人から採取したMAIT細胞を処理して、多数の患者に移植できる可能性があります。つまり、MAIT細胞は「既製品化された(必要な時にすぐに利用可能な)」治療法になるかもしれません。これが実現すれば、遺伝子操作によるこの免疫兵士の作製にかかるコストと時間が大幅に削減され、今よりはるかに多くの患者が利用できるようになります。

Dr. Unutmazの研究室で行われた観察から、MAIT細胞が宿主細胞と非宿主細胞の区別に特に優れていることが示されています。この特徴により、効果的な免疫療法に欠かせない、効率的な細胞毒性(がんに特異的な細胞死)がもたらされ、炎症反応が低く抑えられます。MAIT細胞は、異質の細胞または病原体の存在を示す抗原提示細胞によって、異物であるビタミンB2代謝産物が提示された場合にのみ活性化されます。CAR-MAIT細胞におけるこのプロセスには、未だ解明されていないMAIT細胞との微妙な差異がありますが、両者は同様に機能します。異物であるビタミンB2代謝産物が存在すると、遺伝子操作されたMAIT細胞はシグナル伝達モードに移行し、重度の免疫応答を誘発することなく、他の免疫細胞を活性化するのに十分なシグナル伝達分子(サイトカインとして知られる)を迅速に生成します。

待機中の部隊

Dr. Unutmazの研究結果は、従来のCAR-T細胞療法が直面している課題を解消する新たなT細胞に脚光を当てるものです。CAR-MAIT細胞は、特定のがん標的を効果的に探し出して排除できるだけでなく、従来のCAR CD8+T細胞と同等またはわずかに高い細胞毒性でがん細胞を排除しました。腫瘍部位の組織炎症に対するMAIT細胞の親和性により、CAR-MAIT細胞は、標的とされたHer2を発現するがん細胞を選択的に破壊することができました。これは、固形腫瘍の治療に適しているということです。また、CAR-MAIT細胞によるサイトカインの放出もCAR CD8+T細胞に比べて軽度であり、患者に強い免疫応答が生じる危険性が低いことを示しています。具体的な細胞メカニズムの多くは未だ解明されていませんが、Dr. Unutmazの取り組みにより、MAIT細胞が免疫療法の武器庫を強化する新しい武器になる可能性があることが実証されました。

英語原文 https://www.jax.org/news-and-insights/2022/October/retraining-the-special-forces-of-the-immune-system-to-fight-against-cancer

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