Research Highlight
【日本語版】前臨床段階のがん研究の改善

By Mark Wanner

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私たちが「がん」と呼んでいるものは、実際には膨大な数の病気です。体のさまざまな部分で発生する可能性があることはもちろんですが、がんは全く異なる遺伝子変異と遺伝的要因を有することもあります。それだけでなく、腫瘍が成長し(場合によっては)広がる際の、身体の正常な細胞や組織との相互作用も個人の遺伝子構成などの要因によって異なります。

過去20年間、腫瘍学の分野では多くの進歩がありましたが、上記のようにがんは一人ひとり患者さんで性質が異なるため、一部の人々の一部のがんは依然として効果的に治療することが困難または不可能な状況です。

生物医学研究において長年制約となってきたのが、がんのメカニズムが動物種によって異なることです。この問題を克服するために、研究者は患者由来およびヒト細胞株の異種移植片 (それぞれ PDX および CDX) を開発しました。これらの異種移植片は、ヒトのがん細胞または腫瘍組織をマウスなどの移植片を移植することができる動物に移植したものです。CDX および PDX マウスは、ヒトのがんを研究し、候補となる治療法をテストするための効果的なプラットフォームであることが証明されています。それにもかかわらず、PDXマウスにも重大な制約がありました。少なくとも当初は、NOD/ShiLtJとCD-1という2 つの系統しかなかったため、腫瘍の増殖と治療効果に対するさまざまな遺伝的背景の影響に関する研究が制限されていました。

この問題に対処するために、Jackson Laboratory (JAX) の試験責任者である Dr. ムニア・ ハシャム は、CDX 研究で使用する遺伝的に多様なマウス系統を開発し、その特性を明らかにしました。 Dr.ハシャムと彼のチームは、 Disease Models & Mechanisms に掲載された「Genetically diverse mouse platform to xenograft cancer cells(がん細胞を異種移植可能な遺伝的に多様なマウスプラットフォーム)」で、ヒトがん細胞をうまく移植できる5つのRag1変異(免疫不全)マウス系統のパネルを報告しました。彼らの研究結果は、細胞の増殖特性が腫瘍の種類よりもマウス系統に大きく依存していることを示しており、がん研究における遺伝的背景の重要性を強調しています。この論文は、「…さまざまながんの新しい治療法を検討する臨床試験に、より適用可能な結果を生み出すことができる」ということが認められ、同誌の Editor’s Choice に選ばれました。

遺伝的多様性

Rag1 を欠くマウスは、適応免疫応答に不可欠なB細胞とT細胞が循環系に存在しません。これは、それらの発生が骨髄で停止しているためです。CRISPR を使用すると、いわゆる Rag1 nullマウスをさまざまな近交系から容易に作製して、ヒトがん細胞を移植することができます。PDX マウスの遺伝的多様性を拡大するために、技術評価部門と協力して、Dr.ハシャムと彼のチームは、もともとヒトの遺伝的多様性を模倣するために選択されたCollaborative CrossおよびDiversity Outbredマウスの 8 つのファウンダー系統に焦点を当てました。このうち3 つの系統 (PWK/PhJ, CAST/EiJ, NZO/HlLtJ) は、Rag1 を欠損した場合に複雑な形質を示し、まだ特性評価が続けられていますが、他の 4 つの系統 (129S1/SvlmJ、A/J、C57BL/6J、NOD/ShiLtJ)は開発が成功し、特性評価も完了しています。8 番目のファウンダー系統である WSB/EiJ は、Rag1 が無い状態では十分な繁殖力がなかったため、研究チームは、以前に作製した BALB/cJ Rag1 null系統を追加して、129R、A/JR、B6R、NRならびにBARと略される最初の5系統パネルを完成させました。

そのパネルを使用して、研究チームは3つのがん細胞株の増殖を評価しました。2つはヒト (トリプルネガティブ乳がん、慢性リンパ球性白血病) の細胞株で、1つはマウス (神経膠腫)の細胞株です。乳がん細胞株を皮下に移植した場合、は各マウス系統で異なる増殖率を示しました。しかし、乳房脂肪体に移植した場合、増殖率は系統間で同じでした。ただし、皮下での増殖率が最も高かったNRマウスを除くすべてのマウスが、皮下と比べて脂肪体で高率の増殖を示しました。ヒト白血病細胞とマウス神経膠腫細胞も、ともに系統間で異なる増殖率を示しましたが、系統間での腫瘍微小環境の違いが、がん細胞自体よりも増殖特性に大きく寄与したことを示唆しています。

腫瘍の増殖と構造

がん細胞の増殖速度を評価することは重要ですが、腫瘍の構造など、がん細胞の増殖の他の側面を分析することも必要です。研究チームは、乳がん細胞株を使用して、B6Rマウスの腫瘍が非常に小さく、パネル内の他のマウスと比較して周囲の組織への浸潤能が低い理由を調査しました。彼らは、各系統のコラーゲン量と構造の違いが重要な役割を果たしており、B6Rマウスの小さな腫瘍は線維組織の層に包まれていることを発見しました。他の系統の大きな腫瘍では同様の被包は認められず、程度はさまざまですが、周囲の組織に浸潤していました。JAXのProfessorのDr.ジェフリー・チャンの研究室で開発された方法を使用して、研究チームは、腫瘍内の細胞も系統間で異なり、存在する新生物(がん性)細胞と他の細胞の割合が異なることも発見しました。

腫瘍内の他の細胞には、マクロファージや好中球などの骨髄 (自然免疫) 細胞があります。パネルのマウスはB細胞とT細胞がないため適応免疫応答を示しませんが、腫瘍の成長と進行に重要な役割を果たしている可能性がある骨髄細胞は持っています。興味深いことに、研究チームは、腫瘍が大きいほど、骨髄細胞の浸潤の程度が大きいことを発見しました。骨髄細胞が腫瘍増殖の早さに直接関与しているかどうかは、現在研究中です。免疫シグナル伝達は腫瘍増殖のもう1つの要素であり、サイトカインやケモカインなどの炎症誘発性分子が腫瘍の進行に関連しています。研究チームは、パネルを構成する5系統のマウスを使用して、異種移植マウスと非異種移植マウス(コントロール群)の29のシグナル伝達分子の発現量を測定しました。シグナル伝達分子による誘導の程度もマウス系統間で異なり、系統特異的な腫瘍増殖と関連している可能性があることを示唆しています。

がん研究のリソース

本文書で提示されている遺伝的に多様なマウスパネルは、がん研究にとって重要なリソースです。マウスの多様なパネルは、1つまたは複数の系統で腫瘍が生着する可能性を高めることが期待できるため、異種移植の生着不全率に関する問題に対処するのに役立つ可能性があります。また、すべてのヒトのがんの重要な側面である遺伝的多様性の観点から、腫瘍の微小環境の研究を促進することもできます。

「私たちの研究結果は、JAX の多くの研究グループの協力によって得ることができました。JAXの研究サービスのご協力に感謝しています」と Dr.ハシャムは言います。「この研究は胸躍るものがあります。なぜなら、5つの系統で1つの細胞株を徹底的に検査しただけで、既にいくつかの新しい知見が得られているからです。多数のがんのCDXとPDXについて詳細に試験を行うためのプラットフォームがあれば、これから先いったいいくつのがんメカニズムと治療薬の候補が発見できるか想像もできません」

英語原文
https://www.jax.org/news-and-insights/2022/October/improving-preclinical-cancer-research

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