がん転移の促進因子
Research Highlight
【日本語版】

By Mark Wanner

JAX illustration by Karen Davis

(写真提供:Tiffany Laufer)

がんの発症の後に形成される原発腫瘍は、本質的に悪いものではありますが、通常は致命的なものではありません。それよりも危険なのは、腫瘍から離れて血流に乗って移動し、体の他の場所に根付いてしまう細胞です。このプロセスは転移として知られており、固形がんによる死亡の大部分を占めます。

幸いなことに、これらの細胞のほとんどは、異常な細胞や誤って配置された細胞を殺す、体自身の免疫監視メカニズムが排除してくれます。しかし転移性がんを形成する細胞は、どのようにして遠く離れた敵対的な環境で逃げて生き残るのでしょうか?

ジャクソン研究所 (JAX) の Assistant Professor Dr.グワンウェン・“ゲーリー”・レン は、転移性がんと、その新しい環境に存在する免疫細胞との相互作用を研究しています。骨髄性細胞 (マクロファージ、好中球、単球) として知られる自然免疫系の細胞のpro-tumor(腫瘍促進)機能に多くの注目が集まっています。これらの細胞は通常、病原体や悪性細胞を迅速かつ効率的に除去する役割を担っています。しかし転移性がんにおいては、なぜそれらの細胞は自分達の役割を果たせないのでしょうか? Immunity に掲載 された「肺線維芽細胞は、局所免疫微小環境をリモデリングすることにより、転移前のニッチ形成を促進する」で、Dr.レンとその同僚、ならびに JAXの Dr.レニー・シュルツ とAssistant Professorの Dr.ルーカス・チャン は、肺の構造細胞である線維芽細胞が骨髄性細胞の機能不全を引き起こし、転移性がんをより招き入れやすい環境を作り出すことを示しています。

肺における転移性がんの微小環境

体内の機能の中でも、線維芽細胞は結合組織の形成に貢献し、組織構造を維持し、創傷治癒を助ける重要な維持細胞です。後者のプロセスには、線維芽細胞と免疫細胞の間の複雑な相互作用が関与しており、その重要性は免疫疾患の分野で広く研究されていますが、がんにおけるそれらの役割は十分に分かっていません。肺は転移の場所として一般的であるため、Dr.レンと彼のチームは、肺が比較的寛容な増殖環境を提供する理由を調べました。彼らは、炎症に関連する遺伝子を高レベルで発現する肺線維芽細胞の集団を特定しました。これらの特定の細胞は、さまざまな骨髄性細胞の免疫機能を阻害するだけでなく、適応免疫応答を実際に抑制するように再プログラムできることを研究チームは発見しました。

転移が始まる前であっても線維芽細胞は、T細胞の産生と活性化を刺激することで抗腫瘍適応免疫を引き起こす免疫細胞である樹状細胞の機能に影響を与えます。研究チームは、肺のさまざまな種類の細胞を評価し、シクロオキシゲナーゼ 2 (COX-2) と呼ばれる酵素を高レベルで産生する線維芽細胞が、腫瘍を除去するために、特定の標的 (抗原) を識別してT細胞に提示する能力に関連する樹状細胞遺伝子の発現を阻害することを発見しました。さらに、免疫抑制に関連する遺伝子の発現が、肺線維芽細胞と接触した際に、樹状細胞と単球の両方において増加することがわかりました。

COX-2 は、生理活性脂質の一種であるプロスタグランジン PGE2 の産生に関与しています。線維芽細胞によって分泌されるのは PGE2 であり、定常状態であっても線維芽細胞周囲の肺微小環境の免疫機能に影響を与えます。興味深いことに、研究チームが他の組織の線維芽細胞を評価したところ、この状況は肺に特有の状況であることがわかりました。つまり、肺の線維芽細胞は、他の組織の線維芽細胞よりも高いレベルの PGE2 を産生するいうことです。さらに、担がんマウスモデルでは、骨髄性細胞に対する線維芽細胞の制御作用が、主に骨髄性細胞によって産生される炎症誘発性シグナル伝達分子である IL-1b によって強化されることを発見しました。したがって、腫瘍に関連した炎症の進行により、肺の微小環境が転移性がん細胞に対してさらに受容的になります。

がんに対して周囲をより敵対的にする

COX-2 は Ptgs2 と呼ばれる遺伝子から産生されるため、その遺伝した欠損した場合に何が起こるかを確認するために、Dr.レンと彼のチームは、線維芽細胞において特異的に Ptgs2 を欠損させたマウスモデルを開発しました。予想通り、これらのマウスでは、定常状態の肺免疫細胞の機能と活性が増加しました。転移性乳房腫瘍細胞を野生型 (正常) マウスと Ptgs2 欠損マウスの両方に移植したところ、原発腫瘍の成長は影響を受けませんでしたが、がん細胞の肺への転移は Ptgs2 欠損マウスで有意に低い結果となりました。さらに、COX2-PEG2 の遮断と一般的ながん免疫療法である抗 PD-1 との併用は、いずれかの単独療法よりもはるかに効果的でした。実際、この併用により、未治療の対照マウスと比較して、マウスの転移負荷が約20倍減少しました。

転移性がんは依然として、患者の予後不良を伴うことが多い診断です。転移がどのように発生するのか、また、なぜ肺が転移細胞にとってそのような許容環境であるのかを理解することは、より良い治療法を開発するための重要なステップです。肺線維芽細胞は肺の免疫環境の状態を積極的に再構築するため、線維芽細胞関連のシグナル伝達を標的とすることは、特にすでに広く使用されている免疫療法と組み合わせて、肺転移を治療する有望な新しい方法です。

英語原文
https://www.jax.org/news-and-insights/2022/August/facilitators-of-cancer-metastasis

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