健康的な機能と病気の関係に目を向ける
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カテゴリー:その他
JAXのサイエンティストであるDr.ヴィヴェック・クマールは、機械学習を使用して、マウスの行動と動きの分析を自動化し、改善しています。この新しい方法はすでに重要な生物学的洞察を生み出しており、ALS、アルツハイマー病、さらには癌などのヒトの病気の研究に今まで以上に深い意味をもたらす可能性があります。
病気とは何か?
表面的には難しい質問ではありません。誰もが簡単な答えを思いつき、癌、インフルエンザ、糖尿病、アルツハイマー病、COVIDなどの多くの例を示すことができます。何万もの病気があり、その原因はさまざまです。遺伝性の疾患から病原性感染症、太陽の下で長時間過ごすことが原因の場合もあります。しかし、それらすべてに関係しているのは、何らかの形で健康的な機能が損なわれているということです。これは、軽度または重度、あるいは一時的または慢性的である場合もありますが、何らかの形で悪影響を及ぼします。
しかし、病気を本当に理解するには、まず健康的な機能というものを完全に理解する必要があります。徹底的に理解する必要があるのです。そうすれば、たとえそれらが非常に微妙なものであっても、病気に関連する変化を見つけ出し、病気を引き起こしている原因を突き止めることが可能となります。私たちは近年、正常な機能と病態の両方において、生物学的に多くのことを学びましたが、まだ長い道のりがあります。その道のりを進みつつあるのが、ジャクソン研究所(JAX)のAssociate Professorである Dr.ヴィヴェック・クマール の研究です。
観察を超えて
一見すると、Dr.クマールの仕事は、ヒトの健康に関する幅広い目的に直接関連していないように見えるかもしれません。彼は、マウスを使用して依存症の根底にある遺伝学を研究する行動研究者です。彼の研究結果は、コカインなどの物質による常習的行動に対するマウスの感受性に関する正確なデータを取得することにより得られます。ただし、すべての行動研究でそうであるように、そのデータを取得するのは実に骨の折れる作業です。
行動評価(特定のパラメーター内での実験的測定)は、状況または刺激に対する反応のスナップショットを提供します。高解像度ビデオは、マウスの動きを24時間年中無休で追跡できますが、現在の行動評価では精度と再現性に限界があります。実際に研究者は、データの不一致は、行動評価を実施する人が男性であるか女性であるかに起因する可能性があることを発見しています。また、すべてのビデオデータは、マウスが何をしているかを実際に特徴付けるために専門家が監視する必要があります。これは、労力と時間のかかるプロセスです。
「動物の行動を正確かつ総合的に分析する必要があります」とDr.クマールは言います。「そして、動物の行動と生理学を別々に見るのではなく、関連付ける必要があります。それを達成するために、私たちのツールは、より感度を高く、より高いスループットで、プロセス全体を通じて人間の関与をより少なくする必要があります。」
目標を達成するために、Dr.クマールは機械学習(Machine Learning, ML)に目を向けました。MLと人工知能の幅広い分野では、計算ツールに人間のようにタスクを実行するよう「教える」という作業を行います。一度教えてしまえば、ニューラルネットワークとして知られるMLアルゴリズムは、人間が監視しなくても大量のデータを処理および分析できるようになります。例えばDr.クマールは、専門家に数百万フレームのマウス映像を分類させて、マウスが特定の行動(グルーミング)を実行しているかどうかを識別し、次に専門家の入力に基づいてグルーミングを検出するようにニューラルネットワークに教え込みました。トレーニングが完了すると、そのネットワークは、90%をはるかに超える精度でマウスのグルーミングを分類できました。これは専門家の分類と同じレベルです。そして訓練を受けた計算ネットワークは、数千時間分のデータを分析し、動物が行動を起こしているかどうかをDr.クマールに伝えます。これは、人間には不可能なことです。さらに、より多くの入力があれば、このネットワークを使用して、グルーミングだけでなく、その他の行動も識別でき、動物の行動を検出するための一般的なソリューションを提供できます。
「この種の『行動抽出』によって、病態を理解することができます」とDr.クマールは言います。 「グルーミングは、自閉症スペクトラム障害(ASD)などの精神状態で見られる不安、ストレス、ステレオタイプの行動に関連しています。しかし、どの遺伝子変異体と分子経路がグルーミング頻度に関連しているかを判断するには、十分にマウスを観察し、機能的に関連付けるための十分なデータを取得する必要があります。 ML以前は、それは不可能でした。」
グルーミング、睡眠、歩行
MLを使用したDr.クマールの研究は、2021年の夏に グルーミング分析 が開始され、過去9か月間に一連の論文が発表されました。Dr.クマールはJAXのマウスリソースを最大限に活用したため、この論文は単にMLツールを紹介するだけでは終わらず、62種類のマウス系統と数千匹のマウスのグルーミング行動を特徴付けました。さまざまな系統から得た大規模なデータセットは、グルーミング行動の連続性と頻度を示し、最近の野生由来の系統は、長い間実験室で飼育されていた系統よりもはるかに多くグルーミングするということも示されました。研究者たちはまた、さまざまなグルーミング行動の根底にある遺伝的差異を分析することもできました。この研究で注目された遺伝子は、神経系の機能と発達を調節することが知られており、神経変性疾患に関与しているとされています。さらにDr.クマールは、マウスのグルーミング行動の根底にある遺伝的特徴をヒトの精神医学的特性と関連付け、種を超えた新しい知見を得ることができました。
Dr.クマールの研究室から発表されたその後の論文では、他のMLアプローチを使用して、マウスの動き( 歩行と姿勢 )と 睡眠パターン を分析しています。グルーミングと同様に、どちらもヒトの健康と密接に関係しています。睡眠障害は、アルツハイマー病のリスクが高まるなど、健康に与える影響と関連しており、動きの変化は、複数の病気を理解するうえで非常に重要な要素である可能性があります。ここでも、彼らは人工知能の手法を利用してMLアルゴリズムをトレーニングし、大規模なデータセットを分析して、健康な状態と病気の状態に関する洞察を得ました。
特筆すべき例をお話ししましょう。Dr.クマールは、20年ほど前にJAXのfaculty memberであるDr.ミュリエル・ダヴィッソンによって作製されたダウン症マウスの動きを分析しました。ダウン症の子供は、運動に変化があったり、運動の調節がうまくいかないことがよくあります。このような運動の変化は、認知障害よりも早く現れることがよくあります。「私たちのデータによると、ダウン症のマウスの動きは、コントロール群のマウスとは大きく異なります。私たちの方法は、動物が自然に動き回るのをウォッチするだけなので、非常にシンプルかつ測定可能です。これらのアプローチは、治療薬のスクリーニングに使用できるかもしれません」とDr.クマールは述べています。彼のチームはまた、自閉症スペクトラム障害、レット症候群、ALSのマウスモデルの変化も発見しました。「歩行と運動の問題は、非常に幼い子供におけるASDの最初の兆候でもあり、また成人の神経変性疾患の最初の兆候としても見られます。しかし研究では、マウスの歩き方をどのように特徴付けるのでしょうか? それがその系統の通常の動きなのか、何か障害があるのか、どのように見分けますか? MLを使用すれば、わずかな違いを検出し、動物の正常な動きと病気の状態の動きを正確に定量化することができます。」
睡眠分析はまた、この分野にとって重要な前進を表しています。特に脳波図と筋電図(EEG / EMG)の出力データを使用して睡眠状態を判断することにより、正確な睡眠データを取得することができますが、EEG / EMGは、マウスの体への電極の侵襲的な埋め込みと、EEG / EMG読み出し情報について専門家による分析を必要とします。これらは両方とも、不要な変数を導入し、研究のスケーラビリティを大幅に制限します。Dr.クマールは、ペンシルベニア大学のDr.アラン・パック(MBChB)と協力して、非侵襲的かつハイスループットの睡眠状態の分類システムを作成しました。ビデオデータのみを使用して、行動エリア内とマウスの状態の小さな変化を検出し、ノンレム睡眠からレム睡眠への移行を識別します。その結果、覚醒状態、ノンレム睡眠状態、レム睡眠状態を正確にスコアリングできます。研究に使用されたマウスの系統は一つだけでしたが、現在はこれを遺伝的に多様なマウス系統に適用して、初めて睡眠の遺伝的構造をマッピングすることができようになりました。また、睡眠療法の有効性をテストする介入研究にも使用できます。
AIによる歩行分析の例
動画を分析するようにトレーニングされたコンピューターが「見ている」例
人間の能力を超える
Dr.クマールがこれまでMLで達成したことの多くは、人間の専門知識を拡大し、より多くのデータを収集し、相当の精度で洞察を得ることでした。しかし歩行と睡眠については、彼はそのツールを人間のリアルタイムの能力を超えて動かし、肉眼で見るよりも微妙な違いを検出することができます。今後は、人間の専門家でさえできないマウスの機能や健康状態を判断できるように、この技術をさらに発展させたいと彼は考えています。彼の最終的な目標は、高度な表現型手法(生物学的特性を測定するプロセス)を使用して、遺伝学的な変化や神経生物学な変化がさまざまな病気にどのようにつながるかを理解し、マウスでモデル化して、ヒトの病気のためのより良い薬をスクリーニングすることです
彼の仕事は、JAXのProfessor Dr. ゲーリー・チャーチル ならびに JAX Aging Center と共に老化の研究をするまで拡大しました。「私たちは、老化研究の『フレイル』を可視化し、動物の生物学的年齢(暦年齢ではなく)を正確に判断するための研究に取り組んでいます」とDr.クマールは語っています。「経験豊富なマウス技術者でさえ、生物学的年齢を評価するのは難しいのです。その評価は、これまで取り組んできたものよりも抽象的で困難です。今まで使用してきたビデオ手法には長所と短所があります。そのため、分析と動き検出の感度を実際に微調整できるように、それらを統合する必要があります。」
ではそこから何が得られるのでしょうか? これらの方法は、人間の先入観を取り除き、老化の介入研究のためのスケーラブルなプラットフォームを提供します。「不健康な老化とは対照的な、健康的な老化を促進する遺伝学的要因または薬理学的要因を、マウスを使用してスクリーニングできると想像してみてください」とDr.クマールは言います。「あるいは、現在の方法よりも早く老化の兆候を検出することができると想像してみてください。これは前臨床の動物実験の改善につながります。」その潜在的なメリットは計り知れません。
人間の健康のために
もちろんDr.クマールはマウスを使用して研究しており、あらゆる種類の疾患研究の最終的な目標は、実験結果を臨床試験の進展に反映させることです。マウスは、基本的な哺乳類の生物学を学ぶうえで非常に貴重な動物であることが証明されていますが、私たちの遺伝子、環境、行動は非常に多様なため、ヒトの医学とのギャップを埋めることは、とてつもなく困難です。マウスとヒトのインターフェースを改善し、そして医療の安全性と有効性を改善するためには、より良い前臨床データを取得することが不可欠です。それがDr.クマールの研究の本質なのです。ASDの例に戻りましょう。
自閉症では、最も初期の症状は運動症状であり、認知の変化は後で発症します」と彼は言います。「ASDに関連する認知機能をマウスで測定するのは非常に難しいので、代わりに前臨床研究にその運動症状を使用するとどうなるでしょうか? 初期のASD介入のために化合物をスクリーニングしている場合、MLツールでマウスの動きを調べることは十分に代用となる可能性があります。」
Dr.クマールはもともと行動と依存症の関連でツールを考案しましたが、上述した疾患を超えてすべての疾患に適用できる可能性があります。その中にはより良い治療を必要とする複雑な病気を含みます。 糖尿病、癌、アルツハイマー病などに関連する小さな変化を特定して定量化することで、関連する遺伝的特徴と分子プロセスにさらに正確に焦点を絞ることができます。ヒトの患者データと連携して得られた前臨床データの確固たる基盤は、効果的な治療標的を特定し、可能性が低いものを除外することにより、研究の素晴らしい出発点を提供してくれます。明らかな症状が現れる前にマウスの変化を特定する能力により、診断を改善し、早期介入への道を開くことも期待できます。
ただしコンセプトの広がりはまだ比較的新しいものです。「NIDA(米国国立薬物乱用研究所)は、MLとコンピュータービジョンを使用して行動と脳回路をマッピングすることに精通していますが、私はもっと幅広い効果を期待しています」とDr.クマールは言います。 そして笑顔を見せながらこう言いました。「『教えを説く』必要があります。しかし、自動化されたMLベースのマウス表現型解析はこの分野の未来です。10年以内に、すべてのケージにビデオキャプチャが装備されるでしょう。」
次の10年でもたらされるものを見るというのは、ワクワクする思いです。
英語原文
https://www.jax.org/news-and-insights/2022/april/an-eye-on-healthy-function-and-disease