腸粘膜肥厚症菌
Citrobacter rodentium (
Citrobacter freundii biotype 4280)
分類
細菌、運動性なし、グラム陰性、桿菌
科
Enterobacteriaceae
感受性動物種
マウスおよびスナネズミ。モルモットも感染する可能性が考えられる。ラットおよびハムスターは非感受性である。
C.freundii は、ヒトの病原体である。
C. rodentium は、人獣共通感染性病原体ではない。
頻度
現在の実験動物コロニーにおいては、きわめてまれである。ヒト疾患のモデルとして本菌を使用することによって、本菌の流行が起こる可能性がある。野生動物集団における、本菌の有病率は知られていない。
伝播経路
糞口経路によって伝播する。
臨床症状および病変
ほとんどの場合、離乳したばかりの子マウスにおいて発病する。これまで調べられたすべてのマウス系統において、本菌は定着、増殖したが、病態の発現については、宿主要因が関係しているようである。臨床症状は、無症状の大腸上皮過形成から、臨床的に顕性の下痢、体重減少をともなう大腸炎、直腸脱、消耗病、さらには死亡する可能性に至るまでさまざまである。遺伝的背景、齢、免疫系の欠陥、混合感染している病原体すべてが、本菌による病気の経過や重症度に影響を及ぼすことが示されている。流行している集団によっては、発病率および死亡率は、高くなることもあり得る。免疫機能の正常な動物においては、本菌に対する免疫応答が起こり、防御免疫が成立する。
スナネズミの一症例報告では、感染した大部分の動物において、本菌の致死的感染がみられたことが報告されている。モルモットの一症例報告において、
C. freundii に関連した肺炎、大腸炎、および敗血症が報告されている。しかし、菌種が特定されていないので、
C. rodentium が原因菌ではない可能性がある。 本菌は経口的に体内に侵入した後、消化管に付着して増殖する。本菌は、盲腸パッチとよばれる、大腸の特化した免疫組織領域に付着する。その領域から、感染は大腸遠位端へ広がっていく。典型的な肉眼所見としては、たとえば、大腸壁の肥厚、萎縮した盲腸、ならびに大腸内に正常な便が見られないことなどがある。病理組織学的には、感染初期において、大腸粘膜の刷子縁に多数の菌が付着しているのが見えることがある。感染が進行するにつれて、多数の菌が大腸粘膜の著しい過形成をひき起こす。感染後2-3 週間で、大腸粘膜の過形成はピークに達する。大腸粘膜の過形成がピークに達するころには、腸管からはもはや菌を分離することができない。炎症は起こることも、起こらないこともある。感染にともなって炎症性細胞が浸潤するか否かは、齢や遺伝子型によって決まるようである。感染後2 週間で、病変は消失し、そして大腸粘膜は正常像を呈する。
診断
C. rodentium は、マッコンキー寒天培地で培養することができる。生化学的検査によって、
C. rodentium を
C. freundii と区別することができる。なぜなら、
C. rodentium は、インドール非産生菌であり、また(とくに)オルニチンデカルボキシラーゼ陽性であるからである。
C. rodentium の感染 は、臨床症状、肉眼病変、あるいは病理組織病変の典型的な所見などから、ある程度は推察することができる。しかし、診断を確定するためには、感染した動物の材料から菌を培養することが必要である。
C. rodentium による病変は、いくつかのHelicobacter 種による病変と似ている。しかし、
C.rodentium が離乳したばかりの子マウスを発病させるのに対して、Helicobacter 種による病変は、より高齢のマウスにおいてみられる。ただし、免疫不全マウスについては、このような違いは明瞭ではない。糞便中の
C. rodentium を検出するためのPCR も開発されているものの、市販されていない。免疫機能の正常な動物は本菌を排除するので、コロニーのスクリーニングを実施する場合は、4-5 週齢のマウスを使っておこなうのが最も効果的である。感染後8 週間以上が経過してから、高齢のマウスコロニー、あるいは免疫機能の正常なモニター動物を検査しても、たとえ、
C. rodentium が体内に存在していても、本菌を検出することはむずかしい。
実験への悪影響
免疫機能の正常なマウスは、
C. rodentium に感染しても、およ そ2 か月が経過すると、完全に回復する。しかし、その2 か月の病気の期間においては、動物は健康ではないので、実験や繁殖には適していない。下痢や大腸の病変のために、動物の成長が妨げられるかもしれないし、また二次感染が起こりやすくなるかもしれない。大部分の免疫不全マウスは、本菌を排除することができないので、健康を維持することができない。したがって、そのような免疫不全マウスは、実験に適していないのみならず、おそらく、他の動物への感染源となるおそれもある。
マウスにおける
C. rodentium 感染は、ヒトにおける病原性大腸菌感染症のモデルとして使われる。
C. rodentium に感染している、または感染していた動物は、病原性大腸菌の研究には適していない。
予防と治療
C. rodentium は、芽胞非形成細菌であり、また感染コロニーにおいては、本菌はゆっくり拡散する。
C. rodentium は、比較的脆弱な細菌のようであり、環境中においては、長期間生存することはできないものと考えられている。本菌の疫学に関する論文はあるものの、環境中に長期間生存することができな いということを示す論文はない。
C. rodentium は、芽胞非形成細菌であるので、動物施設においてごく一般的に使用されている、
Enterobacteriaceae に有効な消毒剤に対して感受性であろう。理論的には、どのような化学的または物理的滅菌・消毒法であっても、環境中の
C. rodentium に対して有効であろ う。しかし、バイオフィルムの中において、
C. freundii が生息していることが報告されている。このようなバイオフィルムの中のC.
freundii は、環境の除染に対して抵抗性であることが考えられる。また
Enterobacteriaceae は、プラスミドを共有することによって、その他の抵抗性亢進機序も活用してい る。このようにして、
Citrobacter は、多剤耐性や生物殺滅剤に対する抵抗性を高めていることが考えられる。
治療することは推奨されない。動物を抗菌薬で処置することによって、病気の状態を治療することができるかもしれないが、動物を保菌状態から解放することはほとんどできない。また、抗生物質を用いても、床敷の中やケージ表面の本菌を除去することはできない。あるひとつの論文において、免疫不全動物にエンロフロキサシン(enrofloxacin)を投与することによって、
C. rodentium 感染病を治療することができたことが報告された。このエンロフロキサシンの治療によって、コロニーの死亡率が低下し、その結果、多くの動物が生残したので、コロニーを再構築(クリーン化)することができたという。
C. rodentium フリーの動物を得るためには、
C. rodentiumフリーの母親動物への胚移植、または子宮摘出および
C. rodentiumフリーの里親哺育によって、コロニーを再構築(クリーン化)しなければならない。
文献
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翻訳:順天堂大学国際教養学部 久原 孝俊
©2009, Charles River Laboratories International, Inc.