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マウス肝炎ウイルス

Mouse Hepatitis Virus
(MHV)

 

分類

RNA ウイルス、エンベロープをもつ

 

Coronaviridae

 

感受性動物種

マウス

 

頻度

野生マウスおよび実験用マウス両方において、よくみられる。

 

伝播経路

MHV は、エアロゾル、器材、ならびに直接接触によって伝播すると考えられている。本ウイルスの伝播力は強いが、環境中においては長く生存しない。MHV によって、培養細胞や可移植性腫瘍が汚染されていることもある。

 

臨床症状および病変

一般的に、免疫機能が正常なマウスにMHV が感染しても、臨床症状は示さない。発症するか否かは、マウスの齢、遺伝子型、衛生状態、実験条件、ならびに感染ウイルス株の指向性(トロピズム)や病原性などによって決まる。
マウスコロニーにおいて、病原性の弱いMHV が蔓延している場合は、成体マウスにおいては、免疫が成立する。子マウスは、離乳するまでは、母親マウスからの移行抗体によって感染から守られる。そのような子マウスは感染を耐過し、離乳後もほとんど、あるいはまったく症状を示さない。したがって、一般的に、若齢マウスにおけるMHV の流行は、過去にMHV と接触していない集団においてみられる。若齢マウスにおける臨床症状は、MHV ウイルスの指向性によってさまざまである。ウイルスは、速い速度で集団内のすべての個体に拡散する。免疫機能が正常な成体マウスにおいては、通常、臨床症状はみられない。
MHV は、初感染においては、2 つの指向性株が知られている。呼吸器指向性、あるいは多臓器指向性ともよばれる株はまれな株であり、最初に鼻粘膜で増殖する。その後、血流を介して、他の器官へ拡散する。拡散した呼吸器指向性MHVによる古典的病変として、肝臓表面に白斑が見られる。病理組織学的検査においては、合胞体細胞をともなう、肝細胞の巣状壊死性炎症がみられる。このような病変は、リンパ系器官においてもみられることがある。マウス由来の細胞株、腫瘍細胞、あるいはその他の材料は、しばしば、多臓器指向性MHV 株によって汚染されていることがある。新生子マウスが多臓器指向性MHV に感染すると、播種性感染を起こすことがある。
動物施設においてみられるMHV 株の大部分は、腸管指向性株である。腸管指向性MHV は、腸管に対する指向性を有しており、糞便中に排出される。腸管指向性MHV は、糞便中に大量に排出されるので、環境がウイルスによって高度に汚染され、その結果、速い速度でマウスからマウスへと伝播しやすい。腸管指向性MHV の感染においては、免疫機能の正常なマウスの病変は、腸管に限られる。小腸末端において、さまざまな程度の上皮細胞融解ならびに絨毛の萎縮がみられることがある。同様な病変が盲腸や上行結腸においてみられることもある。
多臓器指向性株であれ、腸管指向性株であれ、免疫不全マウスにおいては、症状はより重篤である。多臓器指向性MHVは、免疫不全マウスの多くの組織内でよく増殖し、肝臓、脾臓、リンパ節、あるいは骨髄において、壊死ならびに合胞体細胞の形成がみられるようになり、重篤な疾病をひき起こす。 新生子マウスが多臓器指向性MHV に感染すると、脳においても同様な病変がみられる。腸管指向性MHV 感染の場合は、免疫不全マウスにおいても、免疫機能が正常なマウスと同様な病変がみられる。免疫不全マウスは、MHV ウイルスの慢性キャリアとなり、他のマウスコロニーへの感染源となることがある。

 

診断

免疫機能が正常な動物におけるMHV 感染の診断のためには、通常、MFIA®/ ELISA またはIFA などの血清学的診断が利用される。免疫不全動物の診断のためには、糞便を材料としたPCR または囮動物を用いた血清学的検査が最善である。ときには、特徴的な腸病変がみられた個体の病理組織学的検査によって診断がおこなわれることもある。しかし、確定診断をするためには、組織学的検査に加えて、PCR または免疫組織化学的検査をおこなわなければならない。

 

実験への悪影響

MHV が研究に及ぼす悪影響は、あまりにも多いので、ここですべてを列挙することはできない。とくに、免疫不全動物における悪影響は多い。しかし、とくに重要なことは、MHVがリンパ組織に感染するという事実である。その結果、免疫機能が正常なマウスにおいても、重篤かつ長期にわたる悪影響を及ぼすのである。MHV との重感染によって、他のウイルス、細菌、あるいは寄生虫感染の経過が変わることがある。たとえば、感染症が重篤化したり、感染症に対して抵抗性になったり、あるいはそれぞれの病原体によって、多かれ少なかれ、感染症が重篤化することがある。またMHV は、肝臓の酵素活性を修飾したり、部分切除後の肝臓の再生を遅らせたり、あるいは貧血、白血球減少症、血小板減少症などをひき起こしたり、さらには糖尿病を発症しやすいマウス系統において、糖尿病の発症率を低下させたりすることもある。

 

予防と治療

MHV の伝染力はきわめて強く、現在の研究施設において、最も頻度の高いウイルス感染症のひとつである。MHV による汚染を防ぐためには、動物、器材、ならびにスタッフの動物室への移動を厳重にコントロールすることが必要である。定期的かつ頻繁に、動物がMHV によって汚染されていないか検査しなければならない。動物由来の生物学的製剤はすべて、マウスに投与する前に、MAP(マウス抗体産生)試験やPCRを利用して、MHV に汚染されていないことを確かめるべきである。
動物施設においてMHV 感染が検出されたときは、マウスを淘汰し、飼育室を徹底的に洗浄、消毒し、そして新たな動物を導入することを推奨する。どうしても動物を維持しなければならない場合は、残さなければならない動物以外はすべて安楽死処置し、厳密な隔離飼育(このような場合においては、陰圧アイソレーターがよい)をおこなわなければならない。その後、マウスコロニーを再構築(クリーン化)する。コロニーを再構築(クリーン化)するためには、子宮摘出または胚移植が推奨される。繁殖を停止して、MHV 感染の「バーンアウト(燃え尽き)」を待つ方法は、一般的には勧められない。

 

文献

  • Baker DG. Natural Pathogens of Laboratory Animals: Their effects on research. Washington, D.C .: ASM Press; 2003. 385 pp.
  • Fox JG, Anderson LC, Lowe FM, and Quimby FW, editors. Laboratory Animal Medicine . 2nd ed. San Diego: Academic Press; 2002. 1325 pp.
  • Fox J, Barthold S, Davisson M, Newcomer C, Quimby F, and Smith A, editors. The Mouse in Biomedical Research: Diseases . 2nd ed. New York: Academic Press; 2007. 756 pp.
  • Percy DH, Barthold SW. Pathology of Laboratory Rodents and Rabbits . Ames: Iowa State University Press; 2007. 325 pp.

 

翻訳:順天堂大学国際教養学部 久原 孝俊
©2009, Charles River Laboratories International, Inc.

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